とある少女と少年
少女の名前は新津唖々という。14歳の、都内ではそこそこ進学校であるエスカレーター式の学校の中等部2年。文芸部部長。性格は、大人っぽいといえば聞こえは良いが、多少捻くれているだけとも言える。クラスメイトとの交友関係は乏しくはないものの、常に共に行動するひとはなく、どちらかといえば一人で過ごすことが多い。身長体重ともに平均的、視力は両目とも2.0。学校生活は、学校の模範生徒というわけでもないが、問題児というわけでもなく、つまりは平凡に過ごし放課後は部活。廃部ギリギリアウトセーフあたりをうろついている文芸部を、現時点で三人の部員で存続を保っていた。昨日までは。
「……なにこれ」
「入部届けですよ。先輩、目はいいはずでしょう?それとも、頭は猿以下なんですか?」
「破り捨たいわぁ……」
ペラペラの一枚の紙切れに、これでもかというほど嫌悪を向けて唖々は言った。本来その目は、目の前にいる、紙を差し出している橋崎和に向けられるべきだった。しかし、唖々にとって橋崎和は決して視界に入れたくない人物であったために、紙の方を睨みつけたということだった。それほどの執念ながら、彼女が1日彼を視界に一度も入れなかった日はないという結果である。
「なんでまた……あんた、馬鹿なの……」
「なに言ってるんですか、僕の行動はごく普通ですよ。馬鹿と罵られることもなければ、素晴らしいと手放しで褒められることでもありません。先輩につきまとう覚悟をしといて、先輩所属の部活には入らないなど、むしろ考えられるとでも?」
「だーかーらぁー……!先輩というんじゃねぇよ……同級生だろーが」
唖々はあたりを見回し、橋崎和との会話場面を誰にも見られていないのを確認した。いまは部室、文芸部の部室はL字型特別校舎4階の奥という、なんとも人気のない場所。普段それのせいで部員が少ないとぼやいていたが、こういうときは人気がなくて助かる。なにせ毎日橋崎和が部室を訪れては唖々にあれよこれよと言いよるのだから。橋崎和は、元より整っている顔をふっと笑顔にした。女子間では、一撃とか言われてる笑顔らしいが、橋崎和の本性を不本意ながら知り得てしまった唖々にとって、それは自身の不機嫌ゲージをあげるだけのものであった。
「だって、先輩、魔術師としては先輩のほうが上でしょう」
「……毎回毎日言っててダメだからもう諦めてはいるけれどもまだ言ってやる、学校でそっち側の話をするなまじで」
「いや、無理でしょう。だって文芸部には魔術師しかいないじゃないですか、三人だけだけど、あ、今日で四人ですね」
彼が差し出した紙には、すでにやる気ない顧問の判子が薄く押されており、つまりは、すでに目の前のやつが文芸部員だと知った唖々は深々とため息をつく。
この橋崎和、二ヶ月前に魔術師コミュニティー内で急に名前が出没し、同時期に唖々の前に現れ、ついでにそこそこの強者である魔術師を無意味にぼこるという謎の三コンボを達成した、異人にして最強の名を生み出した魔術師。最も、唖々が彼の情報を手に入れたのは幾分か前であったが。
新津唖々は、魔術師に関するありとあらゆる情報を持ちうる情報屋である。
魔術師でも何人かいる情報屋の中でも、彼女の情報量は計り知れなく、そして誰よりも早く情報を握る。中学生という、現実社会でも魔術師でもまだ子どもの範囲を抜け出せずにいる年頃において、彼女は既に大人との取引に応じて情報交換をする仕事をしている。
「何が目的かしらないけど、ほんと、勘弁してまじで」
「目的なら言ってるじゃないですか、あなたの情報収集能力はとても素晴らしいんですよ。だから、僕に協力して下さい、と」
唖々は両手を挙げた。自分でもわかるほどに顔がひきつり、目はすでに橋崎和を捉えていた。
「わたしは情報屋である以上、だれにも加担しない。それはもう言ったよねぇ?それに、あんたのいう協力、なんのための協力か、と聞いてるんだって。」
協力。先日唖々の前に現れてから、橋崎和唖々に自分に協力してくれと言うだけで、一体なにを成そうとしているのかを言わない。口調は優しげでも、明らかに所々毒と棘がある。協力したらなににつきあわされるかわかったものじゃなかった。
「それはー、秘密ですね!協力してくれたら教えますけど」
「じゃあ聞かない。」
「即答ですか」
唖々は、窓の外から見える本校舎の時計を見た。既に部活動を始めなくてはいけない時間であり、しかし、確か今日部活にこれるのは自身だけだったことを唖々は思い出した。
つまりは、この新入部員と二人だという。唖々はこの世の終わりみたいに顔を青ざめ、それをみた橋崎和は面白そうに笑い、またもやあれよこれよと話を始める。
「じゃあどうですか先輩、駅前のケーキショップで交渉しませんか?あそこ好きですよね先輩」
「んでしってんだよっ!しねぇよ!なにをどう言われても協力しねぇっつーの!!」
「じゃあ、先輩の弱みでも握るしかないですかね」
「先にあんたの弱み握ったる」
先輩、目がまじですよーと橋崎和は笑う。唖々は、出来れば、この男を窓の外に落としたかった。
橋崎和、という名前について語るとき、注意しなければならないことがある、と情報屋の少女は語る。
奴は、きっと全てが敵だから、と。