少女は夜陰に立っている。

「あーもしもし?萌黄ちゃん?頼まれてたオシゴト、やっておいたよう」
夜中の公園である。水銀灯の明かりを反射するブランコ、ところどころペンキの剥げたシーソー、闇のなか沈黙する滑り台。少女以外にひと気はなく、ただそこらに暗がりのみが満ちていた。
否ーー暗がりのみ、ではない。
「え、なあに?……提出書類の〆切すぎてる?な、ナンノコトヤラ」
白くつやつやしたアナログな携帯電話を耳にあて、少女は電話のむこうの相手に対して冷や汗を浮かべている。
蜜色の光沢を持つサイドテイル。朱色をしたまるいひとみ。制服の上から羽織った青いジャージと、首からさげたアンティークじみた指輪。
「だいたいわたしが萌黄ちゃんのぶんまでオシゴトしてるんだから、書類仕事くらいやってよー!得意でしょう、そういうの」
華奢なその体躯は暗闇には似合わず、夢のような印象をこちらに与える。
というよりもーーそもそも彼女が手にした鋭いフォルムの日本刀の存在が、彼女をより浮世じみた雰囲気にさせている。さらにもうひとつ彼女の異質な点を挙げるとするならば、

彼女の足元には得体の知れない肉片がいくつも転がっていた。

赤黒い肉片である。同じようにぶちまけられた血液で表面は濡れ光り、ばらばらに散りばめられたその様はまるで悪趣味な芸術品に見えなくもない。
そんな肉塊の山をローファーで踏みつけながらも、少女はへいきで携帯電話を操っている。どうやらこのグロテスクな現状は少女がつくりだしたものらしく、だらりと下げた左手で握る剥き出しの日本刀からは、ぽたぽたと血のしずくが滴っていた。
それだけならまだしも、よく見てみれば彼女の腕まくりした袖からは枝きれのように細い腕が伸び、その腕は傷だらけで血にまみれている。携帯を持つ右手はどうやら無傷らしいが、日本刀を持つ左手首は凄惨なほど痛々しい。けれど彼女は顔色ひとつ変えていなかった。それがより彼女を得体の知れない存在と変えている。
その腕は、自分で傷つけたもののようにも見えた。
彼女のまとう雰囲気は、かぎりなく死に近い。

「…ちぇー。わかったよ、じゃあそれプラス食堂のチョコレートパフェで手を打とう」
電話越しの相手との取引は済んだらしく、その後すこし言葉をかわしたのち、少女は別れの挨拶を口にして通話を切った。ピ、という電子音とともにボタンを押し込み、彼女はゆらりと顔を上げた。その朱い双眸が、足下で湯気をあげる肉を見下ろしてまたたく。そのひとみの奥には恐怖や畏怖どころか、冷めていながらも熱っぽい光がちらちらとのぞく。
かしゃん、と音をたてて血をはらった日本刀を鞘におさめる。器用にそれを懐に提げて、今度は片手で携帯のボタンを押しながら傷だらけの手首を舐めた。足下の血よりも、ずっと濃い紅だった。

「《清掃係》~」
ボタンをかちかちさせながら、まるで片手間のように少女はその名を呼ぶ。と、瞬時に闇から浮かび上がるようにしてひとりの女性が姿をみせた。
「《清掃係》No.106。《処理係》鞠桐白雪様、御呼びでしょうか」
きっちり編まれた純白の髪には、深い紫の布も同じく絡んでいる。目は伏せており、長い睫毛がそれを縁取る。丈の長い白いセーラー服と、不釣り合いな下駄。《清掃係》。《正義》によりつくられた、女性を模した人造の人形。
そんな人形のうしろには、滑らかな表面の光るスーツケースが鎮座している。
「これの清掃、おねがいできる?」
「かしこまりました。《悪人》の死体の清掃も、私たちの役割ですので」
そう静かに答え、優雅に一礼したのち《清掃係》は姿を消した。きっと下準備にとりかかったのだろう。仕事が早い。
白雪と呼ばれた血まみれの少女は《清掃係》が消えたほうを見やって薄く笑い、また携帯電話に目を落とす。しばらく指は停止していたが、やがてひとつのボタンを押した。通話ボタンだった。


「…もしもし?迷継ちゃん?」
「うん、そう。今回も始まりそう」
「んー…そうね。やっぱりそうなるか」
「ううん、わかってるよ。わたしたちは、物語の終焉を飾ればいいの」
「……そう。迷継ちゃんもたいへんね」
「こっちはへいき。楽しいくらい」
「そうだ、この前の話だけど」
「わたしは案外、戦ってるときもしあわせな気がする」
「…そういうことはいいっこなしっていう約束でしょ?」
「わたしはわたしなりに、やるもの」
「…うん、そうだね。ありがとう」


「じゃあ、またね」

▽静かに死んだシトロン