さて。
世間がクリスマスやらなんやらで盛り上がっているさなか、あたしはどうしてこうやってデスクに座っているんだっけ。そんな問いを己に投げかけてみても虚しさが増すばかりで、またため息をついた。
「…今日って何日?」
「12月25日。一般社会じゃ基本的にクリスマスだ」
となりの椅子でぱらぱら報告書をめくっていた迷継がそう答えた。あいかわらず冷めた眼差しをしている。あたしの髪の色とよく似たそのまなこが文字を追ってゆるりと動く。あたしはしばし彼女をみつめてから、視線を戻した。
「あーったく、なんであたしここにいるんだかなあ…」
「どうして仕事ができると苦労が山ほどふってくるんだろうね」
迷継はにやにやわらった。
「効率の良さをもとめて仕事をこなせるようになってくると、余分な仕事まで回ってくる。めんどうくさいことこの上ないね」
「ほんっとよ…あーあ。迷継、だれでもいいから助っ人呼んできてよ。さっさと終わらせてクリスマスっぽいことしたい」
「だれを呼んでこいっていうんだい」
「えー…?いや、まず白雪はないわ」
彼女がいても集中力が下がるだけだ。場所に構わず騒ぐのはやめてほしい。心の底からのお願いである。
「んー…浅科らへん?」
「ああ、それは無理な話だ」
「は?なんでよ」
「生憎と僕は彼女に嫌われているらしくってね?まあもとから反りが合わないんだけど…それに、」
「?」
「彼女は今ごろoneのところにいるだろうからーーー下手に呼び出すと殺されかねないね」
one、というのは心先生のことだ。迷継は心先生からつくられた模倣品だから、先生をそう呼ぶ。また、先生に心酔している浅科ともそれが原因であまり仲がよろしくない。いわく、迷継は先生のためだけにつくられた人工生命。先生のために存在すべきなのは自分だけでじゅうぶんであるーーーだったっけ。
「なんでもクリスマスだからoneとなごやかーに過ごしたいらしいよ?だから邪魔するなって既に言われたさ」
「あー…ソウデスカ」
納得である。それほどまでに浅科の盲目ぶりは周知の事実だったので。先生もいろいろたいへんだなあ、となんとなく憐れんでおく。
「はー…他に助っ人になる人いないしねえ…」
ナデシコはドジ連発機なので、この部屋に入った途端そのへんに落ちてる紙切れですっ転ぶだろうし、玄鳥はたぶん五分周期でお腹減ったを連呼するだろう。白雪は論外。浅科がそういう状況ならば、同様に先生も駄目だろうし…
どうやら《雛翼》は深刻な人手不足らしい。
「求人広告でもそのへんに貼ればいいんじゃないかなあ」
「だれがみるのよ…」
ここ、《雛翼》本部はざっくり説明すると、『どの物語にも属さない場所』、『読み手たちのあつまる世界』なので、《雛翼》ではない存在はいない。住民はいわゆる文になる前の単語たちであり、いつのまにやら消えていることはざらにあるのだ。
複雑なつくりをしているので、あたしにはいまいちうまく説明できないけども。
「そろそろ先生もあたらしい子探してきてくれないかねえ…」
できれば仕事のできる手のかからないかんじの優等生がいいわ。
あたしは冗談めかしてそうつぶやいた。
◇◆◇
「…一段落したね?」
ひととおり書類にインを押しきって、あたしが泥のようにぐちゃりとデスクに突っ伏していると、迷継がそう言ってにやりと唇を歪ませた。悪い顔に見える。めがねのリムを指先で押し上げるしぐさなんかも、それを助長する。
「んー?なに?」
「じつはさっき席を外した時に、ナデシコからチーズケーキをもらっていてね」
「…ちーずけーき」
感情をこめずに迷継のことばを反復する。…まずい、迷継に後光がさして見える。重症だ。そういえばいつのまにか空腹を感じる。いつものことだ。お腹が減ることも忘れるくらいに仕事に没頭する。集中しなけりゃやってられない。
「うわあ迷継がめずらしくかみさまにみえる…」
「うわあめずらしく萌黄が疲れてるー」
おちゃらけたことばにことばを返す気が失せて、デスクから身体を起こすことなくぐでっとした目で迷継にアイコンタクトを送る。ばしばし。ウインクウインク。
「…はいはい、おつかれのひとに準備はさせないさ。僕がやるから待ってなよ」
「やったー迷継まじかみさまー」
うふふう、とくたびれた笑い声を響かせて、迷継がチーズケーキを取り出すさまをながめながら窓にちらりと目をやる。先生がぜんぶの部屋に置いて回ったスノーマンが窓枠でひとり涼しげにたたずんでいる。今回のクリスマスはどうやらふつうのクリスマスなようで、空を見ても雪が降りそうにない。雪、雪。雪の思い出なんてあったかしら、とふわふわ考えつつ、迷継の揺れるサイドテイルを目で追ってあくびをひとつ、こぼした。