「どびゅーんせんせーケーキたべよう!」

…本来ならばこの空間は私と愛しの先生のもののはずだった。だから私はこっそりと胸のうちにかくしたうれしさにどきどきしていたのに、なんでまたこのひとはよりによってここにくるのか!
胸のなかにふつふつ沸き上がる行き場のない憤りをなけなしのプライドで押し込めて、笑みをはりつけ白雪の前に仁王立ちする。蜂蜜頭がアホ毛をぴこぴこ揺らしているのが見える。その表情も無邪気で、なぜ私がこんなふうに苛立っているのかもわからないようだ。疑問符を空中に浮かべ、悪気なんて一切ないような顔でただこちらを見つめている。

「…白雪。空気読んでください」
「え、なになに?あ、浅科ちゃんもケーキたべたい?そっかーたべたいよねー?」

うるさいうざい。
あいかわらず自分中心に世界を回す白雪は、なぜだかは知らないし知りたくもないけど、その手におおきなケーキをかかえていた。白いクリームで塗られていて、てっぺんに色鮮やかなベリーが種類豊かに並んでいる。それを見て、あ、おいしそう、とおもってしまった。不覚。ぎりりと奥歯を噛み締める。部屋の奥で優雅にソファーにすわり、こちらをながめていた先生は、おもしろそうに深海を閉じ込めたその目をほそめて手招きした。

「こっちおいで、白雪。切り分けようか」
「いえーい!」

なにがそんなに楽しいのかわからないけど、先生のことばに気を取られた私の横をすり抜けて、器用にくるくる回りながら先生のもとへ行く白雪の手にはむき出しの包丁が握られていた。戦慄する。やばい。こいつやばい。常識的に考えて、せめてタオルかなにかでくるむべき。そういうところに配慮も常識も足りない。ある意味刃物の扱いに慣れているといえなくもないけど、それはあんまりいい意味じゃないはず。

「何等分?」
「そうだね、八つぐらいに分けておいて」
「りょーかい!」
「…それ、どうしたんですか」
「んー?えっとね、ナコちゃんにもらったの。ナコちゃんいまお菓子製造機になってるんだよー」
「毎年クリスマスになるとあの子はそうだね」

自分の膝に頬杖をついて、先生が言う。
ちなみにこの《雛翼》内での自活能力の偏りはおおきい。私と、先生のコピーである迷継ノアはまあそこそこにひとりで生きていけるはずだ。話にのぼったナデシコや、萌黄は人並み以上といったところ。しかし、残った3人はちょっとまずい。まずここにいない傘璃は、ジャンクフードやらファストフードやらを毎日大量に買い込むからか、自炊というものをしているところを見たことがない。それで本人は満足らしいけど。次にここでのんびりしている先生はというと、自活能力はゼロに等しいらしく、本人によれば自分がつくる料理はまるで食べれたものじゃないという。見たことないけど。最後に私の目の前でにこにこしながらケーキを切っていく白雪だが、彼女はつくるものすべてを甘ったるくできる腕を持っているらしい。なんにでも砂糖をぶっかけて蜂蜜を隠し味(笑)っていうレベルにまでぶち込み、チョコレートをどろどろに溶かして放り込む。その舌はたぶん甘味に麻痺しているはずだ。

「だからいまナコちゃんの部屋行くとね、クリームとかスポンジケーキとかチョコとか果物とかいろんな匂いがして面白いよ」
「…想像するだけで胸焼けしそうな話ですね」
「タルトタタンがあるといいな」
「?なんで?」
「ノアがすきらしくてね」

ソファーから立ち上がって、テーブルのうえに置いてあったティーセットを広げはじめた先生はそう言って笑った。私の好きな笑みだ。

「そうそう、君がすきなのは洋梨のパイだったっけ、灯夜?」
「…です」
「そう。それもあるといいね」

すきなものを覚えていてくれたことにびっくりして、かすれた声しか出なかったことに、いまさらながら悔しさを覚える。瞼の裏に、あの日喫茶店の机に置かれていたパイとミルクティーがよみがえって、消えた。

「せんせーわたしミルクレープすき!」
「ナデシコはなんでもつくれそうだからねえ」

熱く湯気を上げながら、きれいに透きとおった紅茶がティーカップに注がれていく。部屋の隅では加湿器が音を立てながら蒸気を立ち上らせている。甘い香りと紅茶の葉の香りが鼻腔をくすぐり、窓辺に置かれた陶器のスノーマンが微笑んだ気さえした。

「じゃあいただこうか、ふたりとも」
「きゃっほーい!わくわく!」
「…はい」

テーブルの隅にあったちいさな星飾りを撫でて、先生がアロマキャンドルに火をつけた。なんでも「こういうのは雰囲気からだろう」だそうだ。満面の笑みでケーキをみつめる白雪を尻目に、私は私の前に座る先生に、こっそり囁いて笑みを浮かべた。当初の予定とは大違いだけれど、まあ私の目的はたったひとつなのだから、関係ない。先生、ねえ、楽しいですよね?

「メリークリスマスです、せんせ」

◇セラミック・ラブ・ショコラ