痛みがふちどる肖像
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 インダスト学院を出てから、数ヶ月がたった。

 旅はおそろしく順調であった。
 ヒスイがどこからか調達してきたカーム・シアン号は水上に全体を浮上させて進むこともできる潜水艦であり、そのなかでの生活は思っていたよりもずっと快適なものだった。それにティメオのもつ謎の知識やらナデシコの家事スキルやらもあわさって、ほんの数か月でカーム・シアン号は彼らの新たな家と呼ぶにふさわしい場所となったのである。
 そうして旅が続き、訪れた島の数が片手の指の本数を超えたころ。
「オーボーだ!」「オーボーだ!」
「これユーカイっていうんだろ!」「いきなりつれてきてさあ!」
「ところでどこここ」「わからん」
 ナデシコは押し黙っていた。
 船の甲板である。甲板を囲む細い手すりの下では、水面が陽の光を反射しながらゆらめいている。ヒスイとティメオが島に上陸して買出しにいっている間、ナデシコは甲板に出て真っ白いシーツを干すのに精を出していたのだが、そんな静かな時間をぶち壊したのが冒頭の声だった。きんきんと甲高くやかましいふたつの声。声の主は、先ほどからナデシコの目の前に転がっているふたりの人物だった。
 ふたりとも両手両足を縛られ、まるで蓑虫のような状態で転がされている。そのうしろから、ティメオとヒスイが梯子をのぼってくる。ティメオはなぜか一仕事やりきったかのように満足げな顔で(実際はその被り物のせいで顔など見えない)、一方のヒスイはいつもにも増してなにを考えているのかわからない、しかめっ面である。
「………」
 とりあえず、抱えていた洗いたてのシーツを籠に戻す。ばたばたはためいている干されたシーツをかきわけて、転がるふたりの人物に目を落とした。
 そのふたりは、どうやら双子らしい。そっくりの顔におんなじ声。頭にはぼろぼろのキャスケット帽、身にまとっているのもだいぶ着古されたとみえる布切れ。帽子からはみ出ている臙脂色の髪はざんばら状態にちょん切られている。ただ唯一目を引くのはそれぞれが片耳だけにぶら下げた青い石のイヤリングで、磨きあげられてはいないものの、鈍い光を放っていた。
「……誰?」
 ナデシコの唇からぽろりとこぼれたその声がきこえたのか、ぎゃんぎゃんわめいていたふたりはぴたりと騒ぐのをやめ、示し合わせたかのようにまったくおなじタイミングで勢いよく彼女の方を向いた。そのやけにぎらぎらとぎらついたよっつの目玉に、ナデシコは一瞬だけたじろいだ。
 彼ら(彼女らかもしれない)の顔はその時初めてはっきりと光の下に晒されたが、薄汚れた外見とは裏腹に、その容姿は意外と整っていることが見てとれた。同時に前髪の向こうのふたりの顔は存外中性的で、ぱっと見ただけでは性別を判別することは難しい。
「……んん?」「んんん?」
 ナデシコの姿を視認したふたりは、その首をお互いに傾げた。勢いのある動作に、それぞれのイヤリングが大きく揺れる。ふたりは蓑虫の格好のまま器用に首をひねり、ナデシコの顔を舐めまわすように観察した。
「ねえ小夕」「はいはい小涙」
「なんかこのお嬢ちゃんみたことない?」「同感だわ」
「どこだっけ」「どこだったかな」
 じっと穴があくほどナデシコの顔を見つめ、じろじろ眺め回してふたりは縛り上げられた格好のまま談義を始める。その滑稽な姿に不信感よりも先に呆れがつのったが、最初から置いてきぼりで状況に追いつけないナデシコは、とりあえずティメオとヒスイに状況の説明を求めた。
 曰く───
 買い物の途中、なんとなしに入りこんだ路地裏にてヒスイとティメオはこの双子に襲われたのだという。慣れたようすで建物の窓から飛び降りてきた双子はヒスイとティメオの金銭を狙ってか、すばやく事を終わらせようとしたようだったが甘かった。曲がりなりにもヒスイはインダスト学院における不良の頂点にいた人物であり、ティメオはそんなヒスイとともに不良をバッタバッタとなぎ倒す日々を過ごしていたのである。ともあれそんなふたりに双子がかなうわけもなく、ヒスイの年中鞘に入れっぱなしの刀でぶちのめされティメオに簀巻きにされここに至るのだとか。
「……うん、わかった。でもどうして船にまでつれてきたの?」
「あーそれは、なんかヒスイが……」
 首をかしげるナデシコに、ティメオが言葉尻を濁しうしろに立っていたヒスイを振り向く。
 相変わらずの隈の濃い三白眼で、ヒスイは縛られているというのにお構い無しに騒いでいる双子を凝視していた。それから前触れなく双子を縛る縄の先をむんずとつかみ、「ちょっと話してくる」とだけ言って、つるつるした甲板の床を踏みしめて歩いていく。
 いきなりひきずられ始めた双子はぎょっとした顔でヒスイを見上げ、「なにすんの」だの「いたいいたい」だの「鬼畜野郎!」「血も涙もない!」だのぴいぴい騒いでいたが、それもヒスイが勢いよく閉めたドアの向こうに消えた。
「……なに?」「さあな」
 竜巻のような怒涛の展開に、最初の位置から動かず首をかしげたままのナデシコにティメオは肩をすくめた。やれやれと栗鼠の被り物をゆらしてようやく買ってきた荷物を担ぎ運び始めるティメオの背中を見ながら、ナデシコは自分に見覚えがあると言った彼らのことばを思い返していた。遠くに置いてきたはずのなにかの残滓が自分の足をとらえだしたようなそんな感覚に陥って、喉元がちくりと微かに軋んだ。

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「「改めましてー!!」」

「小夕でーす」「小涙でーす」
「ぼくら双子なんだよねー」「そうそう今をときめく双子ちゃーん」
「今日からこの船にお世話になりまーす」「お世話になってあげまーす」
 デデーン、と声を揃え両手を互いにあわせてにかりとわらう双子。ナデシコは眉をひそめた。ヒスイが船内からでてきたときには既にふたりの縄は解かれており、自由になった両手両足をぶらつかせて双子はきゃらきゃら派手に騒いでいる。
 戸惑いを隠せずそばに立つヒスイに視線をやれば、ヒスイは気だるげにあくびをひとつ漏らして「乗せることにしたよ」とだけ言った。
「ええ……?」
「はあ!? うそだろヒスイ! こんな素性もわからんやつらをか!?」
「利害が一致したから」
 ひらひら手を振り、億劫そうな顔でそうティメオをあしらったヒスイはなぜだか手を伸ばしてナデシコの頭を撫でた。唐突な行為に心底びっくりしてヒスイを見上げるも、ちからをこめてぐしぐし撫でるヒスイの目はふだんとなにひとつかわらない。
 ナデシコは目をしばたたかせ、これが夢ではないことを確認しようと手の甲に爪を立ててみる。その横でティメオも目(ボタンの目であるが)をひんむいてこの状況を驚いたように見つめている。
「つーわけでー?」「おなしゃーす!」
 ぼろぼろの服をまとった双子はそうしておそろいのイヤリングを輝かせ、声をそろえて高らかに叫んだ。