Valentine そのに

注、これは世界が破滅する前の話

リビングの上においてある、スーパーの袋大二つにぎっしりと詰まったチョコを見る。
外面野郎め……。
隠すことなく舌打ちし、わたしはソファに座っている兄を睨んだ。
「相変わらずじゃない」
「ん、そうだね、でもべつにどうでもいいことだよ」
睨まれてもにこっと笑うだけの兄はやはりマゾなのか。きもい。
「でもね、ね、可憐。ここ数年可憐からもらってないのは、ちょっと残念なんだよね」
「はぁ?なんでわたしが他人のためにチョコを作ったり買ったりしなくちゃいけないわけ?」
実は今日、このセリフ二回めである。体育館の裏でおなじみの奴に、お前の兄チョコ欲しがりそうだけどやんねぇの?て聞かれたのだ。なんで。わたしが。この最悪の兄に以下略。
「ああ、うん、そうだね、可憐らしくていい。好きだよ」
「うわぁ……」
顔を思いっきり引きつらせ、わたしは右手の金属バットをくるんっと回して担ぐ。
「兄、わたし思うのだけれど、兄は結構末期だと思うの」
「そうかな?可憐がそういうなら、そうなのかもね」
「そういうところだよ」
果たしていつこの兄はこうなったか。少なくともわたしが小1の頃にはこの症状が出ていたような。……兄が小3のとき……?え、待って改めて年齢とか考えると、この兄かなりやばいと思う。
「そうだ、可憐」
そんな悶々のわたしを見透かしたかしてないか、兄は柔らかく笑いながら、テーブルのチョコを指差した。
「それ、全部あげるよ、毎年恒例だね」
「だからさ、なんでチョコたべれないのにもらうわけ?外面もいいとこじゃない?で、なんで嫌いなくせに
わたしちチョコを求めるわけ?馬鹿なの?」
「可憐のくれるチョコだったら食べれるんだよ」
限界にきた感じ。
スーパーの袋のなかの一箱を掴み、わたしはそのまま黙ってリビングを出た。兄は、ばいばい、と言って手を振っていた。当然無視した。
たとえば。
わたしがもし仮に万が一奇跡レベルの話で、チョコを作って兄にあげたとして、兄はそれをあっさりと食べるに違いない。どんなに甘くても、苦くても。小2のとき、わたしが母とつくったチョコレートは完全なるわたし好みの味で激甘だった。兄は、そのチョコさえあっさり食べて、美味しいと言ってとても喜んでいた。
そのときから、わたしは兄に対してどうしようもない黒い感情を抱えていた。兄がいけすかなかったという理由で、兄が甘いの嫌いという事実を偶然知ったわたしは、わたしが甘党というのもありつくったチョコレート。兄に対する嫌がらせしかないチョコレート。それを食べて何事もないように笑う兄。目に何かを光らせて、ニコリと笑う兄。それを見て、わたしは、この兄はわたしの策略に気づいていたと悟る。嫌がらせのつもりでチョコレートをつくったのだと知っていると分かる。
それ以来、一切わたしはチョコレートを作らない。面倒だし、わたしが誰かのために時間を割くなど無駄なことはしない。そして。
あの異常な兄は、わたしの甘い嫌悪でさえも飲み込むのだから。
箱を開けると、なんとまぁ大胆なハート型のチョコクッキーが出てきた。一つつまみ、一口で食べれるところを、気分ですこし齧った。
そのチョコは、わたしが人生で最後につくったチョコよりも、全然甘くなかった。

注2 小学生の時点で、この兄妹は異常だったらしい。