昼下がりの甘党と焦がれ
いただきます。
スフレチーズケーキ、ヨーグルトケーキ、ティラミス、ガトーショコラ、ブッシュ・ド・ノエル、ショートケーキ、モンブラン、アップルパイ、パリ・ブレスト、エッグタルト、エトセトラエトセトラ。
「ひょえ……」
食べるの好きだし、もちろん甘いのも好き!なレウでも、その机の上の惨状にはか細い悲鳴をあげた。
甘い。甘すぎる。見てるだけでも甘いし匂いも甘々だ。
「あはは、いつ見てもいい食べっぷりだね、トキくんは」
「……」
ありとあらゆるケーキが並べられたテーブル、トキの正面に座る尚はそういって笑った。
ちょっと引くぐらいの光景にも笑顔で受け入れるその姿勢、包容力、さすがなーくん!とレウは心の中でグッジョブした。
そしてトキくん!好きな人の前ではちょっと恥ずかしくていつもより量を抑えるかと思えばいつもどおりの量とスピード!いつも通りを貫ける仲は良きことです!いっぱい食べるトキくんがすき!と自分の相棒に心の中でうちわを振る。
裁判所本部、食堂。尚とトキが食事する中、レウは遠くからそれを観察していた。つもりである。実際はわりと近くの観葉植物から覗き見である。
昼下がりの甘党と焦がれ
無表情。しかしその口は先ほどから休むことなく甘いモノが運ばれていく。それはもう、次々と。延々と。なのに食べ方はまるで綺麗で上品。なにゆえ?
ついさっき、にこにこな尚はそっと自分の前に置いてあったチョコレートケーキをトキのケーキたちの列に紛れ込ませた。見てるだけでお腹いっぱいになったのだろう。わかる、わかるよ。
女の子は砂糖とスパイスとなんちゃらでできているのよ、なんて言葉を聞いたことはあるが、トキの90%は紛れもなく砂糖だとレウは思っていたりする。
(いやまぁ、トキのこれは、好きとかいう以前の問題ではあるのだけど……)
〝甘いものしか口にできない〟というのは厄介な体質だと思いつつも、トキ自身がそのことについて顔を歪ませたことはなかったはず。ということは、その体質をさして嫌悪していないということで、普通に甘いモノは好きなのだろう、とは、思う。たぶん。
なぜ断言しないのかというと、レウはトキに関してほぼ知り尽くしていると言っても過言ではない(自称)が、故にトキが尚以外に対して「好意」を示すのがどうにも違和感を拭えない。
いや、いや。いまはそんなことよりもとレウは一人首を振る。
先ほどから、ずっと食べ続けるトキとそれをにこにこ眺める尚という絵面に変わりはなく。
それを見つめながら、ああもうなにか起こらないかな!とレウはジタバタした。頭の中で。
ことの発端は一昨日。
裁判所の食堂のマッドコックことメアの気まぐれにより、それは起こった。食堂の指揮者であり非戦闘要員な彼女は、ほぼ24時間ずっとなにかしらを作っているという、戦闘狂ならぬ料理狂であった。食べる側を考えずただひたすら作り続けるのに、さぁ食え残さず食え残したら次の料理の素材はお前だなどという。そんな彼女が「ありとあらゆるケーキをつくりたい。ただつくりたい」と言い出して食材の調達を始めた時、裁判所内は震えた。有言実行、素晴らしい出来栄えのケーキのみが並べられていくのを見て、裁判員らは目眩を起こした。え、これだれが食べ尽くすの? と真っ青な顔でケーキたちを眺める裁判員に対し、ボスは一言だけいつもと変わらない笑顔で放った。
「トキくんを連れてこよう」
そして時間は戻って本日、トキは食堂でケーキに囲まれているわけである。
命令に似た形でボスから「ケーキ食べて」と言い渡されたのは少々腹立たしいが、大量にあるのであれば大量に消費しようではないかという気持ちで食堂に出向いた。
そこでトキは偶然にも尚と鉢合わせ、なぜかともに食事をすることになった。
なぜあいつがここにいない!と、自分の仕事上のパートナーかつ目の前の男の彼女である脳味噌ふわふわ少女に怒りをぶつけた。いたらいたでイラッとするが、尚と2人きりにさせれるのも辛いのだ。心拍数とか、そこらへんの意味合いで。
そんなこんなで、尚とトキとケーキという空間が出来上がった。
視点変わってレウだが、ボスのお手伝いを軽くしてきたのち、特に約束はないが尚を探してフラフラしていた。なんならトキの方を先に見つけたら強制的にきゃっきゃする予定だった。いないなーと探し回り、望みの薄い食堂にたどり着いた時、天国がそこにあった(レウ談)。
彼氏のなーくんと愛しのトキくんがケーキデートしてる!!!
側から見たらほんとうにずれてる発想ではあるのだが、まぁそこがレウの可愛いところだしと語るは尚である。
こんな貴重な光景はないと、それを焼き付けるためにレウは隠れた(つもり)。願わくは2人の仲が進展しますように!と心の底から思っている。
「おいしい?」
「……ん」
尚の短い質問に、トキはもぐもぐと動かし続けていた口をぴたりと止め、わずかに頷いたあとにまた口にケーキを運んだ。
まるで初デートで緊張してる彼女とそれを愛しく眺める彼氏のようで、もうレウの心の中は大パレードをしていた。
トキくんがかわい過ぎる好き!!!
なお、自分を彼女に例えたとトキに知られれば、わりと真面目に命の危険があるので、そこは頑張って口には決して出さないようにしておこうと思ったレウ。トキと戦うのもスリリングで好きだけど、本気でやりあうのはすこし疲れるのだ。
ここからの展開、定番でいうと「ここついてるよ」て感じに相手の口についたケーキを指で拭ってから舐めるっていうのがあるけれど、上品に綺麗にケーキを食べるトキくんの口元は綺麗なままである。惜しい、すごく惜しいよトキくん! でも食べ方が美しいのへ高得点だよ! ついでにレウがこう思っていたのをトキに知られると「頭が少女漫画か脳内お花畑」と睨まれたことだろう。
「トキくんはさ、普段からそんなに食べてないじゃない? いつもは空腹を我慢してたりするの?」
空いたお皿を回収しに来た空中浮遊式のアンドロイドにお皿を積みながら、尚が聞いた。
「…………いや、べつに……。普段は、あの量で満たされる、が、食べようと思えば、食べられる……」
しどろもどろに答えるその態度は明らかにレウの時と異なる。昔はただの挨拶でさえやや赤面さえしていたが、いまではぱっと見普通な感じで話せている。ただ視線は合わせないようにしている。
ああああトキくん初心かよかわいい。
すでに何回目かわからないが、レウは両手で顔を覆い天を仰いだ。この二人一生大好き。
「そっかぁ。じゃあ今度からは、機会があれば仕事先で甘いものでも食べに行こうか」
「なっ!」
ひぇ、告白? デートのお誘いですか? 尚くん攻めの姿勢すてきカッコいい。
尚にはそのような意味合いはもちろん全くない。すべてはレウ個人の感想というやつである。しかし、尚はふわりと笑いながらそう言って、トキはその言葉にようやくまともに顔を尚に向けて耳を赤く染めてるので、絵面はもう恋人のそれである。念のためもう一度言うが、双方(尚とトキ)そういう意味合いはない。ただその光景が、一個人(レウ)の欲望に近いものになってきてしまっただけである。
かみさまありがとう。かみさまなんざ信じてないけど。
手を合わせて御辞儀をしたレウは、観葉植物に頭をぶつけるがそんなの気にしなかった。
だって今日もわたしの彼氏と相棒が素敵なのだ。あのふたりがくっつけば世界は平和になるのに。
「次にいく世界はたしか、それなりに文化が発達しているところだったね。ケーキ屋とかカフェはあるか、探してみようか」
「っおい! いい加減隠れてないで出てこい!」
ぐいぐいいく尚に限界が来たのか、実はレウが隠れていることを最初から気づいていたトキは、未使用のケーキ用ナイフを投げた。さすが普段の武器が短剣なだけあり、それはレウの頬ギリギリを通過していき、壁に突き刺さった。パサリとほんのすこし髪も切れた。
「ああもう! トキくん、照れ隠しにわたしを召喚するなんてもったいない! もっとふたりで楽しめば良いのに!」
見つかったなら仕方ないとぴょんっと立ち上がったレウは、文句を言いつつもにっこにこで二人のテーブルに近寄って行った。
「煩い」
舌打ちとともに再びケーキを食べ始めるトキに、尚は苦笑いしながら、レウのために空いている椅子を引いて手招きする。
にぱっと笑いながらレウは椅子に座り、足をぷらぷらとさせる。
「ふふふ、ね、どうだった? ケーキ
デートは」
「楽しかったよ~」
「……っ」
「はぁーすき」
尚の答えに、苦々しい顔をしたトキ。レウは両手を頬にあててゆらゆら揺れた。
「つぎはお泊まりデートの段階だと思うのだけど、いかがかな!?」
「あ、ボスから連絡だ。ちょっと席外すね」
「いってらっしゃい!」
沈黙。
静かなのに、食器のかちゃかちゃとした音を立てずに食事をするトキくんは流石だな、とレウはその横顔を眺める。
「……おい」
「あっ見過ぎ? ごめん! トキくんが可愛すぎて」
「殺す」
ガチの殺気を感じ、レウはそろりと視線を外した。
「……おまえは」
「ハイ」
トキは、ちょっと緊張気味に返したレウをチラリとみた。ふるりとレウは震えたが、すぐにその視線は手元のケーキに移った。
「………………いつものアレは、本気か?」
ようやく出た言葉に、レウは首を傾げた。アレが分からないわけではない。アレ、とはつまり、レウの「トキくんとなーくんがくっついたら面白い!」てやつだろう。首を傾げたのは、そんなこと、トキが気にするとはこれっぽっちも思っていなかったのだ。
だから、その質問が来た時、レウはちょっと嬉しくなったのだ。トキが、自身に興味を示してくれたのだから。いや、別に、実際はそういうわけではないのを知ってはいるが。それでも、いつもは口数が少ないトキから質問されることが、レウは嬉しかった。
「んふふ」
だからレウは、本当にもう、踊り出してしまいたいくらいに喜んだ。
「わたし、トキくんとなーくんが大好きだもん。ふたりがいてくれたら幸せ。それだけ」
あとちょっとだけ、ボスさんもいてくれたら幸せ。
そう言ってレウは笑った。
「レウー、すこしいいかな?」
尚が、食堂の入り口からレウに向かって手を振った。
「うん? なんだろう…、と、はーい! ちょっと行ってくるから待っててねトキくんっ!」
「うざい」
えへっと笑ったレウは、ぱたぱたと大好きな彼氏のもとに走って行った。
今日も幸せ、と、レウは鼻歌した。
『ふたりがいてくれたら幸せ』
花が咲いたような笑みとは、ああいうのをいうのだろうかと考えて、砂糖の塊を飲み込む。
すぐ、らしくもない考えだと思い、フォークでざくりとタルトを砕いた。
「幸せ、ね……」
向こうでは、尚がレウになにかを伝え、ついでとばかりに頭を撫でていた。それにレウはぴょんぴょんと馬鹿みたいに跳ねていた。
目を細めて、
本日最後の一口の甘いケーキを口に運んで、
眩し過ぎて目眩がするな、と心の中で吐き捨てた。
ご馳走様でした。
*ニア
「食堂は我の領域であり我のルールに従え。料理を残す? なるほど今日のディナーでは新鮮な肉が出せるなァ」
裁判所の食堂管理官。食堂をテリトリーとする唯一の隊員であり、配下は全てアンドロイド、または魔法である。
料理狂で四六時中料理三昧。よく言われる言葉は「料理はいいからとりあえず寝ろ」「もう食べれません本当勘弁して下さい」「美味しい。量が少なければもっと美味しい」など。
赤のベリーショートヘアー。空色のつり目だが、右目にはネコの形をした眼帯をしている。一応裁判所の制服も支給されているが、常に半袖白シャツに七分丈で下の方にボリュームのある黒ズボンというシンプルなスタイル。