なんでもよかった、わけではない。
とんでもない我儘だ。とんでもない我儘なのに、それでいてなんでもよいわけじゃないという。
それでも、いいじゃないか。いままでずっと、抑えていたんだから。
それを、手に入れることができたのだから。
だから、わたしはここで生きる。

水面の下で月に乞え 13


「……ていうか、なぜその事件で彼女が世界を壊すことになるの」
過去は過去。いろいろと衝撃的すぎて忘れかけてましたが、いま一番聞かなくてはいけないのはこれです。なぜ彼女は世界を壊そうとしているのでしょうか。
「えー?うん、んー……まぁ、そこらへんは彼女独特の感性だし?とりあえず〝全ての世界を壊そうとしている〟こと自体が問題でしょ?そちらにとっては」
「なぜここで説明をめんどくさがる…。いや、たしかに理由はどうでもいいけれど。」
たしかに、問題は彼女の行なっている行為そのものです。ボスさんの言う通りだとすれば、いままでにあった原因不明の世界破壊は全て彼女が行なったもので…あ、り………、あれ?
「…世界の破滅を隠蔽したのは…なんのため?」
「あれ、忘れてなかったんだそれ」
ケラケラと笑ってるボスさん。忘れてましたとは絶対言ってやりません。ていうか色々とキャパオーバーなんです。ていうか裁判所、ワケありが過ぎます。これ、一体どうやってハナハナさんに連絡すれば良いのです?ていうか、そろそろ誰か迎えにきてください本当に。
「まぁ、ちょっとした罪滅ぼし?」
「…実験体にしていた罪滅ぼしが、世界的犯罪の隠蔽とかちょっとどうなの…」
「あ、そっちじゃない。そっちの方は別に罪だと思ってない。」
は?
「そっちはだって、言ったじゃない。不死は不幸なんだって。」
「……じゃあ、彼女の恋人への罪滅ぼし?」
「いや、ただの死体に罪滅ぼしなんて意味ないでしょ。」
そうなんですけど、元凶といっても過言でないこの人が言うと、本当この人クズに見えます。ていうかクズです。まぁそのクズさがこちらに向かなければ構わないのですが。
「じゃあ誰に?」
「トキ」
「…うん?」
「つまりは、彼女を処刑するのは彼の仕事ってこと」
よく分からず首を傾げますが、クスクスと笑うだけのボスさんは、きっとその先を答える気はないのでしょう。そして、どのみちその答えはきっとわたしには必要ないのだと思います。
「でも、トキにはレウちゃんを処刑する力がまだ足りないんじゃないの?」
「うーん、どうだろうね。彼女は元からそれなりに強いから、裁判を始めてもすぐに法廷が崩されちゃう。だからその前にある程度弱らせないとなんだけど、まずそこまで行き着いたことがないからねぇ。裁判員の権限を持つ人を処刑できない可能性もあるんだよなぁ」
「…力は、一度与えたら消すことができない……てやつか」
シグナルに入る時、世界機関に完全に適合するために力が与えられました。実を言うと、各世界で見つける〝適合者〟とは、この力を受け止めきれるかどうか、と言う意味でもあるらしいです。もらったときに、「その力はなにがあっても、なにをしても消えることはない」といったのは、わたしの現パートナー。

『その力は、お前の鎖だ』

シグナルであるという、鎖。とくに強制力をもつわけでも、位置探知がついているわけでもありません。けれど、力をもらったときに感じた、ずしんという重みは、確かに鎖をつけられたかのようでした。けれど、

『シグナルのメンバーであるからには、シグナルに従え。決して裏切るな。邪魔をするな。』

邪魔をするなら、容赦はしないと。
そう言った留哉のあのときの顔は、もうわたしに向けられることはありません。けれど、あのときはそれこそ、留哉のこちらを射抜く瞳こそが、わたしに纏わりつく鎖のように思えたのです。どこにいてもわたしをみていて、わたしがシグナルを裏切れば、その場ですぐわたしを処分するような…。
それがなくなったのは、いつでしょうか。留哉がわたしの前で、ルノグや蓮月といるときみたく、眠くてだるそうな姿をみせるようになったのは。わたしの名前を呼ぶようになったのは。
それは、わたしがあの世界をー…。

「ところで、シグナルちゃんの知り合いの男のことだけどさ、」

…心が読めているわけではあるまいに。
「その話はやめて。言ったでしょ、もう知らないことだから…」
「それそれ」
「は?」
それ、とは。意味がわからず、顔をしかめます。そしてそんなわたしに構うことなく、ボスさんは首を傾げます。
「シグナルちゃん、なんでそんなに彼を拒絶してるの?」
「…、それは、話す必要などないからで…」
「必要ない、だけで、駄目ではないのでしょ?」
「っ、過去の話を今更ベラベラ話されてもなにもないから。過去しか話さない彼は、ただただ五月蝿い、それだけ…」
あぁなんで。
なんでこんなことを話さなくてはならないのでしょう。彼なら兎も角、目の前の人は全くもってわたしと関わりがない赤の他人。赤の他人なのに、なぜわたしと彼のことを話さなくてはならないのでしょう。胃がぐるぐるして気持ちが悪い、この感覚。
「ふぅん?」
ボスさんはそう頷き、あとはなにも話しません。無言。
「…外のほうを見てくる」
「はいはーい。俺ここで待機してるー」
「わたしは1人で行動するから、勝手にすれば?」
レウちゃんに立ち向かうには、協力は必須であると、確かにそう思います。思いますが、この人とはもう一緒に居たくないのです。この人の言葉で、これ以上気持ち悪くなりたくないのです。…この人に、これ以上心の内を知られたくないのです。この男と関わると身を滅ぼすような、そのような予感を本能で感じます。だから、わたしは1人で行動します。なんなら、トキを探し出して向こうと協力するほうがましなのです。
さっさと離れたいがために、わたしは早足でその場を後にします。後ろで、変わらずボスさんが笑っているのを感じます。まだあの笑顔を浮かべていると想像し、ぞくっとします。ああ、だめ。ここにいてはだめ。
はやく、はやく。

「はやく、シグナルに帰らなくちゃー…」

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「トキとは逆、かぁ」

笑う声を聞くものは、ひとりもいない。