不死の少女は、気づいてしまった。
自分が不死であるということを。
不死の代償が、不死であるという記憶の喪失だということを。
不死である自分が実験体にされていたことを。
けれどそんなことはわりとどうでもよかった。
不死の少女によってなによりも1番問題だったこと。
それは、自分の存在によって大切な人が傷ついていたという事実。
不死の少女は、大切な人を守りたかった。
だからこそ、不死の少女は引き金を引いた。
全ては、大切な人を守るために。
そして、少女はー、
水面の下で月に乞え 12
「そして、少女は〝世界を全て壊すと決めた〟」
「…理解できない」
あの〝虚偽〟を避け、そのまま戦線離脱させられ、どこかの半壊した空き家にて。
裁判所のボスさんから、レウちゃんの話を聞きました。
けれどそれは、到底理解しがたいものです。
「いくつか質問があるのだけど」
「どーぞ?」
にこにこと笑うその顔に、イラっとしながらも質問を続けます。
「まず……その、レウちゃんにとって大切な人。話を聞く限り、そのひとがレウちゃんの実験を行っていた、けれどレウちゃんはそれを知っても、その人を恨むことなどなかった、と?」
「だろうね。ていうかむしろ、〝実験をさせていた自分の存在〟が許せなかったはずだよ、彼女は」
思わず眉をひそめます。
「でも、結局彼を殺した。彼を助けるために殺すって、それ辻褄合わなくない?一ミリの恨みもなく、ただ救いたいという思いだけで殺人を行ったわけ?」
たとえどれだけ想っていようが、結局は自分を弄られたのです。よりにもよって、信頼していたであろう大切な人によって。ほんの少しの恨みもないなんて、そんなこと…。
「ありえない」
ふっと笑いながら断言するボスさん。
「彼女は、心の底から彼を想って泣いた。泣いて、彼を傷つけている自分を殺せない事実に悔やんだ。そして、彼を救う方法を考えてー、1番彼が救われるやり方が、彼を殺すことだった。彼女は、自分が彼を救えたことに心の底から安堵した。それが事実だ。」
「………理解できない」
先ほど述べた素直な感想を、再び口にします。せずにはいられないのです。自分のことよりも相手を想う?想いながら殺す?自分や第三者を救うためでなく、彼を救うために彼自身を殺す?そんなの、全て、
「ただの、自己満足…」
「まぁ、そうだよねぇ?」
呟くわたしの声に賛同するボスさんの言葉に、は?と思わず顔を上げます。
「いや…、え?あなたが言ったことなんだけど?」
「あくまで事実を伝えただけだよ?あとは、彼女の性格ならあの結末はきっとこういう思考で出来上がったのだろう、てね。彼女のことは理解してるから。彼のことも。」
彼。大切だったであろう人を殺し続けた彼。そして大切な人に殺された彼。
「彼は……彼も、またレウちゃんを思っていた、と?」
「だろうね。」
さも当然だというように、ボスさんは頷きます。
「でも…不死とはいえ…、ううん、不死が故に好きな人を殺し続けた。それってどういう神経してるの?それでいて傷ついてますだなんて、被害者面もいいところじゃ………、いや。」
彼はごく普通の人だったとしたら。ごく普通の人どころか、ただ純粋に優しい人だったとしたら。そうです、そもそも彼が彼女を殺し続けたというボスさんの話の中に、彼の感情についてはありませんでした。彼は彼女を不死の実験体にしていた、それは。
「まさか、あなた………っ」
「あははっ。まさかとは思ってたけど、やっぱり気づいてなかった?」
ケラケラとボスさんは笑います。
「彼が自ら彼女を実験体としていたなんて、僕言わなかったじゃない?」
さらりと言われて、言葉を失います。
だってそうでしょう。
好きな人を殺し続ける実験を強制させたなんて……。は…と息を吐き、呆然としながらもわたしはボスさんに再び問います。
「レウちゃんは不死だからとしても、なんで裁判員を…しかもNo.2にそんなことを……。」
仲間であるはずの彼に。裁判所のボスさんは仲間思いだから、といつかシグナルの誰かが言っていたはずです。なにか…なにか、彼に恨みでもあるというのでしょうか。ボスさんを軽く睨みながら、返答を待ちます。
「なんでって、ねぇ。」
どう答えようか、という顔にわたしは無性にイラつくのです。だってその顔は明らかに恨みを含んでるものではなくて。ボスさんの考えていることが、分からない。しかもこれは、トキがなにを考えているか分からないときとは違ってとても恐ろしく感じてしまいます。
「ひとつ言っておくと、僕はちゃんと尚のことも好きだし、なんならレウちゃんも不死という点を除けば好きだよ。」
「だったら、なおさらなんで…」
「いや、単純な話。実験を始めたのが、彼らが付き合う前だったんだよ。まさか実験体を好きになるなんて思わなかった。なんだろうね?庇護欲でも湧いちゃったのかな。」
あまりにもあっさりしたその答え。なるほど、確かに彼女に出会ってすぐに彼女を実験体としたならば、彼と彼女が相思相愛になったのは必然的にその後になります。けれど、この話はそれで終わることはできません。じわじわと、嫌な感覚が身体を蝕みます。
「……彼は…、辞めることができなかったの…?」
「…」
くすり、と笑うボスさんは、まるで何かを思い出しているかのように一瞬目を細めます。もしかしたらそれは、彼が彼女の実験についてなにか意見したときかもしれません。けれどボスさんは思い出しているだろう何かを語ることはないでしょう。
「…僕はね、レウの不死という点を、心の底から嫌悪してる。」
この言葉が、彼にも向けられたのでしょうか。
「不死に幸せなんてない。ハッピーエンドなんてない。不死は不幸なんだ。」
まるでそうあるべきかのような、呪いのような言葉。なぜここまで言い切るのか、わたしには分かりません。
「だから、レウは幸せにはなれない。それを、証明したまでだよ。」
あなたが彼女を実験体にしなければ、彼女はいまも彼と幸せだったかもしれません。自分から道を決めさせておいて、それがまるで当たり前だというように。それが摂理だというように。
ボスさんは、ただ笑うのです。