それでも、僕は。
願うならば、また会えた君と共に、と。
心の底から思うんだ。
水面の下で月に乞え 11
これはもしかしてもしかしなくても、こないだ発覚した世界破壊は彼女の仕業でしょうか。
……いえ、だとしたら。
なぜ裁判所は彼女の存在ごと世界破壊について隠していたのでしょう?
「あなたは…一体…」
「あはっまぁそこらへんはおいおい分かるんじゃない?」
レウは、すっと片手を挙げる。
「生きてたら、さ!」
ざわり、としたそれは、果たしてなんでしょうか。殺気?だとしたら、わたしは。
「…っ!!」
あんなにも純粋そうな、無邪気な笑顔で。殺気を放つ彼女を恐れずにいられるはずがないのです。
「った、…!」
ギリギリで避けたそれ、は細くピンと張った一線。…糸?
「でも、糸て…」
糸を張るために絡める場所など、この荒地にはどこにも…、いや、その糸はどこにも絡めることなく、けれどピンと張っていて…
「宙で…止まってる…!?」
彼女が指を動かせば、ぐにゃりと糸は揺れて動き、そしてピンと張ります。まるで彼女の意思を糸が汲んでいるように。また、彼女の命令に糸が答えるように。きっとそれは、
「魔術…っ」
くすり、とレウが笑った気がしました。
不死な上に、魔術を扱うとは。なんとも厄介な敵がいたものです、なんて他人事ではいられないのが現状。レウはまさに今、敵意をこちらに向けているのだから。その敵意がわたし一人でなく、この場にいる不死を除く全員に向けられていることがせめてもの幸と言うべきでしょう。いえ、それはそれで恐ろしいものです。彼女の視線はいまわたしから外れてトキの方へ向けられているにも関わらず、糸は確実にわたしを狙って動いているのですから。
「ん、んー…、やっぱ3人…裁判所とシグナルを同時に相手するのは大変だなねぇ!」
それでいてあの笑顔。
あれはまた…獣並みのなんらかの執着で不死を裁くトキとはまた別の、恐怖を感じます。
「っう…」
糸を避けるのにも、そろそろ体力が限界になって来ました。
「助けてあげよっか?」
「っ!?」
急に後ろから聞こえて来たその声に、驚きとともにぞくりとした恐ろしさを感じ、ぐらりと身体が傾きます。その好機を糸は見逃さず、素早くわたしの左腕にまとわりつきます。
ーあ、やば…、
本当に、久々に。そういえば、シグナルに入ってから一度も感じていなかった、〝死ぬ〟ということを。久々に…あの世界の、あの最後の日以来の、〝死ぬ〟ということを感じて。
「ーーーーっ」
声を上げようとした途端に、しゅぱっと糸は解けたのです。そして、後ろから誰かに支えられる感覚。それをなぜか留哉と比べて、背が高いな、と思いました。
「だいじょーぶ?シグナルちゃん」
「…はぁ…まぁ…、」
助けてくれたことは確かなのに、その胡散臭いへらへら笑顔を向けられると、なぜかお礼を言う気にはなれません。…ていうか、なぜわたし裁判所のボスさんに助けられてしまっているのでしょう。なんか無性にイラっとしました。しかも、
「シグナルちゃん、実はあんまり戦闘向いてない?」
相変わらずのにこにこ顔でそう言うのですから、それはもうイッラァとしました。
「今回は愛用の武器がないだけで…、」
「監視という仕事に武器持ってこないの?ぬるいねシグナルちゃん。」
「修理中なんだってば!」
だったら代わりのものを持って行けよと言われそうですが、なにぶん監視対象のトキが気がつけばふらっと世界渡りしようとしているのですから慌てて追いかけて……ああ、もう、ほんとうに、
「全部トキのせいじゃん!!!!」
糸を避けながら叫びます。
そのトキは、短剣を器用につかい、糸を避けたり切ったりしながらもレウに攻撃をかましていました。
「ふ、ははは!」
そして、なぜかわたしにひっつきながら糸を避けていくボスさんは、とても愉快そうに笑いました。笑う余裕があるということにまたムカつきます。
「いや、そうだねぇ…でも、トキがああいうのはもう昔からだけども、今みたく動くようになったのには、ちゃんと原因があるんだよ…」
くく、と笑いながらボスさんは言います。目を細めて、口元に手を当てて。先ほどと同じように、笑います。
「なんっの!ことだかっ!」
糸の動きが大体読めてきました。たんたんっと少しずつ先を読みながら足を踏み出し、糸を避けていきます。この調子なら、そろそろレウに近づいて攻撃も出来るのではないかと思惑した、そのとき…
「ライラ!!!」
ピタリと、身体が止まってしまったのです。その声はきっと、わたしに迫ってくる、わたしが予想できなかった糸を知らせるためのもの。けれど、いい加減ほんとうに理解してほしいものです。彼の言葉は、声は、姿は、今のわたしにとってすべてが毒なのです。
「ーーーーーーーーんで、」
避けられない、と思いました。事実、避けられませんでした。わたし自身では。
「面白いね、きみ」
心の底からの感想を述べているだろう声色とともに、わたしの身体はふわりと浮き、ぶわっと後ろへ一気に下がったのです。
「…、……は、………!?はぁ!?」
「お、ちょうどいい重さだねー、健康的!レウとは大違いだねぇ」
「ちょ、あなたなにして…、……」
混乱しつつも文句を言おうとしたその口は、どこにあったのか冷静な部分によって、ボスさんの言葉の意味を考えるために閉じられたのです。
「『レウとは』…て…」
トキと彼女になにかしらの縁があるのは分かっていたものの、このボスさんともなにかしら関わっている?単にトキが彼女をずっと追っているということを知っているだけということも……いや、それでも…なにか…?素直に困惑した表情を顔に出したわたしをみて、顔をぐいっと近づけて囁くように聞くのです。
「ーー知りたい?」
ニコニコとした表情をニヤリとさせ、心底面白そうに、けれどその瞳は冷たくキラリと光っていて。
「…なに、を?」
ボスさんのような人種は周りに居なかったので、どう扱えばいいものかと思うと同時に、ボスさんが語ろうとしている〝なにか〟が気になり、わたしはそう答えたのです。
「レウという不死の少女の話、或いは」
「〝虚偽〟」
たった一つの単語のそれは、楽しく弾んでいて。
それは話をしていたボスさんのものではなく、同時に感じたぞっとするほどの殺気と力。
その声を発したのは、紛れもなく不死の少女でー、
「なっー!?」
糸がいままでとは比べ物にならないほどの威力で敵を捕らえていこうとする、その動き。それはまるで、強制的な能力の底上げ…裁判所、の…
「或いは、」
再び言い直したボスさんの言葉なんて、気にする余裕もありませんでした。果たしていまはどんな状況なのか、どう逃げるべきか、そればかりを考えていました。いまだにわたしはボスさんに抱えられていたというのに、そんなことはもう意識の外だったのです。でも、それほど近くにいたからこそボスさんの声は聞こえてはいて、わたしがそれを左から右へ聞き流すかどうかの問題で。だから、
「元、裁判員だった不死の少女の話」
どうしても聞き逃せない言葉が、わたしの頭の中をめぐり思考を低下させて。
そのままされるがままにボスさんに再び助けられてしまうまで、あと1秒もなかったのでした。