夏、川で遊んだ。
彼女は、水遊びはまぁまぁ好きだと笑った。
その笑顔が好きだから、一緒に水遊びをした。

水面の下で月に乞え 5


「ちょっと、トキ。なにか言ったらどうです?此の期に及んで喋らずに済むとでもお思いで?」
その言葉にも答えず、トキはただ黙々と前を歩きます。本当に、彼がなにを考えているのかわたしにはさっぱりです。なにを考え、なにを目的に動いているのか。裁判所としての仕事を全うしてるのは確かなのですが…ですが、どうもこの人は裁判所というものになんの執着もないように思えます。仕事だから不死を罰する…という感じにも見えなかったのです。まぁ、ただの勘なのですが。
「…はぁ、」
なにを考えているかわからない。なにをしたいのかわからない。その目になにを写しているのかわからない。彼の存在はまるで、すぐそこにいるのにどこにも彼の本質を見ることができないような…そう、掴めないのです。ああ、なんだかとても気持ちが悪いです。この人の監視役、誰か代わってくれないでしょうか本当に。
「……お前に不死は殺せない」
「…うぇ?」
急に言われました。しかも貶されました。いや、そんなん言われなくとも分かってますけど…?
「邪魔はするなよ」
「はぁ?邪魔って………」
その瞬間、ピリッとなにかを感じました。それは決して良いものではなく、全身が総毛立つ…これは、
「殺気…?」
カラン、と音がしました。カランカランとなにかが転がる音。なにか、嫌な予感がします。警戒しながらきょろきょろと辺りを見渡すと、缶のようなものがころころと転がっていました。
「トキ、こ」
そして、バァンッとそれは爆発しました。


「なにそれ」
「ばくだーん」
「……自殺願望?」
「んなわけねぇだろ!?」
「じゃあなに」
「人攫い対策」
「…殺すわけ?」
「当たり前だろ。味方以外に慈悲なんざねぇよ。……ちゃんと、俺らがしっかりしていれば**は…」
「後悔を今後に活かすってことね」
「……お前、悔しくねぇのかよ」
「………前にも言ったでしょ。ずっと一緒なんてこと、夢でも叶えることは出来ない。いつか、どんな形であれ別れる。いちいち後悔なんてしてたら身がもたないよ」
「………お前らしいな」
「そ?…でもよく爆弾なんか作れるね。失敗したら自分が死ぬのに」
「あぁ…ほら、俺器用だし」
「みんなのためならなんちゃらね」
「ま、そーゆーこと。みんな俺が守ってやるよ。お前も守ってやんぞ。感謝しろ、ライラ」

こつん、と頭に小石が当たりました。割と痛いです。目を開けると、地面と瓦礫が見えます。
「………けほ、」
気絶しているときでさえ昔の夢を見るなんて…わたし、疲れているのでしょうか。やや身体は痛みますが、なんとか起き上がれます。爆発する寸前に、なんとか爆弾から距離を取れたお陰です。ぼぅ、とする頭で辺りを見ます。トキの姿が見えません。
「………」
そういえば……わたしがいた世界も、こんな感じに荒れ果てて…いえ、なんでもありません。それよりも、早くトキを探さねばー…。そう思い立ち上がると、ドォンッと今度は近くの半壊した家からなにかが飛び出て、壁にぶち当たります。
「がっ」
「…トキ!?」
壁に背中からぶち当たったトキは、そのままそこに座り込んで苦しそうに息をします。あの白い肌はあちこちに傷を持ち、薄汚れています。服もボロボロです。わたしが気絶している間に、とんでもない戦闘になっていたようです。
「トキ!大丈夫…じゃないですよね!」
駆け寄り、顔を覗き込みます。驚いたことに、あれほどの衝撃を受けてもなおトキは意識を飛ばすことなく、目は開き、呼吸もやや荒いですがちゃんと出来ています。さすが裁判所No.2ということでしょうか。
「ど、け………邪魔、だ…かは、」
そして、皮肉をいう元気もあるそうで。
「いやそう言われましてもわたしも仕事で…」
ん?でも監視って命を救うのは範囲外ですかね?見捨てても問題ないですかね?…いや、さすがに後味悪いですねそれじゃあ。
「何があったんです?相手はまた不死ですか?」
「はぁ、お前じゃ…、は、相手になんねぇ…よ…あいつ、ら…は、」
あいつら……え、1人じゃないのですか!?
もう一度、トキの状態を見ます。意識はしっかりしているものの、さきほどから呼吸は乱れていますし身体も動きにくそうです。これ以上の戦いは無謀のように思えます。そして、やや釈然としませんが彼の言う通り、わたしではきっと相手にならないでしょう。
「とりあえず、逃げましょう。シグナルと連絡を取ります。一旦ここから離れて……」
そして、そのとき後ろから足音が聞こえたのです。はっとして、わたしは振り向こうとしました。しかし、それは出来ませんでした。

「…………ライラ……」

後ろから聞こえたそれは、呟いたものであるかのように小さく、けれどわたしの耳にちゃんと届いてしまったのです。その声で、わたしは完全に動けなくなってしまったのです。
「……ライラ?」
その声は、今度はしっかりとした声で。わたしに。
わたしに、話しかけているのです。
「………っ、」
ぐわんぐわんと、頭が重く揺れているような感覚。
『感謝しろ、ライラ』
あのときと、同じ声。変わらない声。
あのとき?あのときて?
ほら、さっきまで見ていた…いらない。それはいらないものでしょう?そう、昔なんて、過去なんて、わたしはもう全部、わたしと、わたしの名前、それ以外はすべて、捨てたはず……。
なのに、
「…な、んで…」
掠れた声が出ます。
「………おまえ、不死と知り合いなのか」
トキの声が聞こえますが、わたしは答えません。答えることができません。知らない、知らない人だと言うべきなのです。だって、わたしは過去を捨てたのだから。そう、過去を捨てたのです。なのに、
息を止めて、ゆるりと後ろを振り向きます。どくんどくん、と心臓はうるさく、振り向きたくないと叫びます。
だって、そこにあるのは。
そこにいるのは。

「……ライラ、なのか…?」

1人の少年が、目を見開いて聞いてきます。ああ……。わたしは、息を吐きます。
名前なんて、覚えていません。
けれどそれは、間違いなく。
すでにわたしが捨てた、捨てたはずの。
わたしの過去の、ひとかけら。