春、花見をした。
花にはさほど興味がないと彼女は言った。
だからかけっこして遊んだ。
水面の下で月に乞え 2
それは、ありえないことでした。
赤、黄、青。オーロラ。ひび割れた地面に崩れる建物。
世界の終わり。
消滅する予定でもなく、存在価値を見出せずに破壊される予定があったわけでもなく。
シグナルの介入がなく、世界がいま消滅しようとしていました。
「…はぁ…」
空の上からそれを眺めて、思わずため息が出ます。これからやらなくてはいけない仕事を考えると、しばらく休日はないものと思った方がよいでしょう。シグナルの邪魔をした〝誰か〟に怒っている蓮月が、がむしゃらにやらかしすぎて倒れないことを祈ります。あと、留哉の機嫌が早く治りますように。シグナル忠実組のあの2人は、こういうときに少し面倒になります。
あたりを見回して、核の有り様を見ます。この世界の核は時計塔でした。その時計塔は完全に崩れ落ちて、この世界の住民を数名下敷きにして沈黙していました。
「核の修復…不可能」
核の反応が完全に消えています。もう、この世界は手遅れです。
「さて、」
とりあえず、いまできることはなにまありません。そこらへんの調査をしているであろう留哉を迎えに行き、さっさと〝庭〟に戻った方が良さそうです。
「御愁傷様です、皆様」
ぺこりと頭を下げます。そして顔を上げたとき、
全身白い服を着た1人の男がそこに立っていました。
「…へ、」
そして、気づいたときには目の前にいました。
「っ!?」
ひゅっとなにかが空を切る音がしました。短剣。左手に2本、右手に3本。先ほどのスピードとその構え、かなりの手慣れの人に見えま……いや、ていうか、その白い服には、見覚えが……この人、
「裁判所……!?」
それは、彼が短剣をわたしに突き出すのとほぼ同時でした。ピタリ、とその短剣はわたしの目の前で止まります。
ほんとうに、目の前で。
「……………」
「………あ、あの?」
なぜ黙る。おかげで彼をよく観察することができました。留哉と同じ黒髪で、長さはやや短め。目の色も黒。肌はかなり白い。蓮月と同じぐらい…てことは、この人も何か病気持ちだったりするのでしょうか。
「女で目は緑、髪は黒髪ロング、身長はお前よりもやや小さい。」
「え、は?」
「見なかったか」
いきなりの質問です。なんなのでしょうこの人。わたしだから大丈夫なものの、シグナル忠実組の方達だったら怒り買いますよ。裁判所ごときがなめんな的な感じに。ええと、それでなんでしたっけ?目が緑で黒髪で長くてわたしよりも小さい…てかお前って言いました?
「えっと…知りませんね…」
「…」
ああ、やっと短剣が目の前から外れ……て、
「謝罪ひとつなしで退散ですか!?」
さっさと立ち去ろうとしていた彼に、さすがにそれはねぇよと待ったをかけます。出会い頭一方的に狙われてそちらの用が終わったら挨拶なしって。一応世界機関の中でシグナルは裁判所よりも立場が上のはずですが。…まぁわたしは別に立場とかどうでもいいのです。でもこれは一般常識の問題です。いやほんと喧嘩売ってるのでしょうかこの野郎。
彼はこちらを振り向いてしばらくわたしを睨み、やがて睨んだままで、
「………悪かった」
「心こもってねぇですね。どこかにわたしが睨まれる要素があったか白黒人間。」
…こほん。
「まぁ、別にいいです。それより、なぜ裁判所がここに?罪人を探しているのですか?」
でも、それなら意味がないことでしょう。もうこの世界は住民もろとも消えるのですから。
「…お前には関係ない」
…ああ、はい、そうですか。
「それでは御機嫌よう」
さっさと〝庭〟に帰りましょうまじで。回れ右してさようなら。………。………あれ、これもしかして名前とか聞いて上に報告した方が良かったパターンですかね?
「あの、一応名前を…」
振り向くと、彼はもういませんでした。なんとなく予想していましたけどね!………面倒なので、とりあえず留哉には黙っておくことにしましょう。
ハナちゃんあたりに言えば面倒ごとなく上に報告出来そうです。そうしましょう。1人でそう納得していると、遠くからわたしの名前を呼ぶ声が聞こえます。ナイスタイミングです留哉。もう少し早く来ていたら、裁判所の彼と一悶着起こしていたかもしれません。ああよかった。呼ぶ声を辿りながら、わたしは留哉の元へと小走りで戻ります。
それではさよなら、世界。