迷子(13.5)
侵入者ー不死が察知されてから、裁判所は慌ただしかった。あちこちを動き回る人々の中を、ゆっくりと、迷いなくまっすぐ、少年は進む。だんだんと人ごみから外れていき、やがて誰もいない廊下を一人、歩いていた。
突き当たりに、ドアがある。
それをノックせずに、やや乱暴に少年は開けた。
中では、裁判所のボスが資料を漁っていた。
「どうしたんだい?」
顔を少年に向けずに、ボスは言う。日頃の挨拶とほとんど変わらない調子で。
「……不死が侵入した」
「うん、さっき聞いた」
「……」
ボスは、黙り込んだ少年を気にすることなく、床に積まれている大量の資料を、直に座りながら見てめくって投げ捨て、見てめくって投げ捨て、を繰り返していた。なにかの資料を探しているように。
「……なにを考えている?」
「なんの話?いつも言ってるじゃないか、報告はちゃんと分かるようにすること、てさ」
「じゃあ、はっきり言わせてもらう」
少年はドアの前から、ボスのすぐ横まで、距離を縮めた。その目は、自らのボスに向けるにはあまりに冷たいものであった。
「なぜ、わざと不死の侵入を見逃した?」
ボスの手が、一瞬止まる。すぐに作業を再開したが、なにかがある証拠には十分な反応だった。
「あれほど不死に容赦なかったあなたが、裁判所の本拠地への侵入を許すわけがない。そもそも、いままで不死について彼とあなたしか知らなかったのに、いまになって急に俺やあいつ、そしていまさっき、裁判所の全員に知らせるなんて。なにを考えている?おかげでいま裁判所は混乱状態だ。……なにがしたい?」
「今日はよくしゃべるねぇ」
へら、とボスが笑う。少年は、その顔にざわざわと嫌な予感しかしない。
「ああ、きみは、大事な話のときにはよくしゃべるのだっけ。レウが言ってたよ。……それで?」
ボスは、作業を止めて、やっと少年を見た。手にはひとつの資料。やはり、なにかを探していたらしい。
「トキは、ほんとはなにが聞きたいの?」
「……!」
少年ートキは、核心を突かれたように目を見開いた。ぎゅ、と手を握り、ボスを睨む。トキには、聞きたいことは山ほどあった。ここ数年、トキはボスに違和感を持ち続け、それを大きくさせていた。そして、それは全て不死に関することであった。なぜ、不死について話を伏せていた?なぜ、今更になって不死の話をした?なぜ、不死と接触することが急に増えた?……なぜ、
「あなたは、なぜ不死に固執する?」
「……トキは、優秀だ」
トキに、ボスは資料を差し出す。
「……」
トキは、それを黙って受け取り、ちらりと見る。
「………………は?」
それは、彼の知り合いがみたら、面白いぐらいに間抜けた顔であった。事実、ボスは笑った。
「僕はね、不死を許さない、許すつもりはない。でも、すぐに殺すほど無価値でもないんだよ。良い実験ができた。もう、それなりに色々なことは試したから、次の段階で、不死と接触させてみた。まぁ、ちょっと失敗だった気はする。裁判所のみんなに不死について知らせるには、もうちょっとあとがよかったんだけどねぇ」
にこにことしゃべるその声は、うまくトキには届かなかった。トキはただ、資料に並べられた文字をぼぅ、と見つめる。
「まぁ、これも実験だから。どうなるか楽しみだよ。……不死が不死として自覚したとき、なにが起こるか、とかね」
「…………おまえ、は……!」
「なんだい?やっぱ、普段はうるさい相手でも、パートナーが傷つけられるのは許さない、てことかな?」
ぐしゃり、と資料が潰される。トキはすでに、目の前の人をボスとは認識していなかった。
「でもね、トキ。パートナーもなにもないよ。彼女はー、」
「レウは、不死で、ただの実験体なのだから」
ーーーーー
なにかの襲撃らしき音が聞こえた途端、トキは部屋を飛び出した。果たしてどうするつもりだろうか。果たして、レウはどう動くのか。そして、尚も。投げ捨てられた資料を拾って、ボスは考えていた。
「……あはは」
実験結果が、とても楽しみだねぇ。
誰もいない部屋で、ボスは言った。
《不死実験に関する報告書》
《被験者ーレウ》
《実験者ー尚》