16

どぉぉん!と、棚が吹っ飛んだ。
白い不死の脱出成功の瞬間だった。なにが起こったか分からないトキくんは、動きが止まる。警戒しているのだろう。出てきた白い不死は、ゆっくりと首を回して、周りの状況を確認する。新たな裁判員を見て目を細め、なーくんが血まみれでぶっ倒れてるのを見てはっとして、次にわたし……銃を持つ手を見て目を見開かせた。最後に、絶賛再生途中の黒髪不死を見つけて、そっちに駆け寄る。
「シキ………」
軽く揺さぶると、黒髪不死はうぅ…と呻きながら覚醒した。意識は戻ったらしかった。
「……リ、ア……?……!あの人たちは……!」
ぱちっと黒髪不死と目が合う。わたしの顔を見て、なぜかさぁっと彼は青ざめる。わたしはいま、どんな顔をしているのか。そういえば、
「あなたたちが今日ここに来たのは、わたしを連れ出すため?」
「な……」
不死たちに顔を向けていたトキくんは、再びこちらを向く。
「……う、ん…。そう……。」
白い不死は頷く。その声は、よく聞けばとても心地良い声だ。静かで凛としていて、すぅ、と透き通っているような。その声がいつか失われるのは、ちょっと悲しいなぁ。
「…僕たちは、不死を助けるために動いてるんです。不死というだけで、裁判所に次々と〝殺されてゆく〟なんて、そんなのおかしい……。だから、裁判所で実験に使われてるあなたも、助けようと……」
「ありがとう」
もう、だいたいはなんとなく分かっていたことなので、話を遮りにこりと笑う。それは素直な感謝とともに、拒絶であることを、彼はちゃんと受け取ったらしい。黒髪不死はぐ、と顔を歪ませた。
「ごめんね、あなたたちとは行けない。わたしは、あなたたちとも敵になるからね!なんせ世界を全て壊すのだから!」
「いい加減にっ……」
「わか、た……」
トキくんの声を遮るように、白い不死はうなづく。は?と隣の黒髪不死が気の抜けた声を出す。
「リア!?なにを考えて……」
「シキ、は、まだ……なお、て…ない」
そう言うと、白い不死は黒髪不死を持ち上げた。あれ、知ってる。お姫さま抱っこてやつだ。
「な、ちょ、リア……!?」
「に、げる」
そう言うと、白い不死はこちらをちらりと見て薄く笑い、「また、いつ、か」と言って走り去る。わたしはちょっとだけ手を振ってみる。
「……で、追わないの?トキくん」
「……むこうは、他のやつらが相手するだろう。俺が用あるのはお前だ。」
「わぁ、ご指名?うれしー」
ふざけるな、とはもう言わなかった。ただ、さきほどからとても怖い顔が変わらない。
「突拍子もない話だ。なぜ、そうなる?」
世界破壊のことだろう。
「…はは。なーくんを救うためとはいえ、大好きな人を殺すって、結構きついんだよねぇ……」
なーくんをみる。もう喋れないなーくん。もう頭を撫でてくれないなーくん。もう抱きしめてくれないなーくん。もう料理を作ってくれないなーくん。でも、もうわたしのせいで苦しまずにすむなーくん。
「いっちばん大好きな人を殺したこの手が、わたしは嫌い。汚い。だから、世界を壊すの」
「意味がわからない」
「毒を食らわば皿まで、だよ」
「意味がわからない」
「汚れたなら、とことん汚せばいいんだよ」
「なにが言いたい」
「なーくんがいない世界に、わたしは興味がないよ。あ、もちろんトキくんも好きだけど……」
「もういい、だまれ」
「なーくんの代わりはいないし、なーくんが欠けたらそれはもうわたしの世界じゃなくって」
「だまれ…」
「だから、トキくん、わたしは世界を壊すしかないの」
「だまれ!」
トキくんは、短剣を取り、投げる。トキくんの専門武器。魔術《虚実》が施されている武器。
「お前を………処刑する!」
わたしは笑う。避けたりなんてしない。
短剣が、身体に刺さる。痛い。がしゃああん、と後ろで窓が割れる音。さすが、トキくんの短剣だなぁ…。意識が軽く揺らぐ。でも、そんなことどうでもいい。だって、分かる。なぜだか、分かる。トキくんに、わたしを処刑できる力はない。トキくんとわたしだったら、わたしの不死が勝つ。トキくんの《虚実》が負ける。ああ、どうしよう。〝不死〟の感覚が、だんだんとわたしのものになってゆく…。
「トキくん……むりだよ」
「だまれ!おまえは!」
「トキくんじゃ、わたしを止められないよ」
わたしはふらふらと歩く。どうしようかな、と思ったら割れた窓が目に入る。ゆらゆらと揺れて、窓に近寄る。
後ろを振り向くと、短剣を構えながらもそれを投げてこないトキくんが、ずっとわたしを見ていた。《虚実》を使わないのは、無駄だと分かったからだろうか。
「トキくん、じゃあね」
「逃げるのか!」
トキくんが後ろで叫ぶ。トキくん、そんなに大声出せたんだなぁ、て思った。足で、窓ガラスをぱりん、と割る。
「世界を壊したいだと?ただの逃げだろう!」
見渡す限り、あたり一面の黒。
「お前は……!!」
足を、その黒に踏み出す……、

「尚から逃げるのか!レウ!」

傾く身体で、振り向く。
わたしは、
わたしの唯一パートナーに向かって、

「いつか、わたしを……」

黒に、
落ちる。
落ちる。
落ちる。


ここが、わたしのひとつの節目。きっとこの先、長く長く続くレウちゃんの、二番目のオハナシの終わり。一番目はわたしの故郷でのオハナシ。そして、ここから始まる三番目のオハナシは……、




おわり
(但し、不死の少女は終われない)