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いろいろ
2018.12.07 地獄ふたつ
この町の空には闇のようにとっぷり黒い、よくわからない巨大な球体みたいなものが浮いている。たまに表面を波立たせ、ゆるやかな変化をみせるそれは、大昔わたしたちのかみさまが殺しそこねた末に苦し紛れに閉じ込めた、哀れな魔女の末路だ。
「……だっる」
ドカドカメキメキグシャリと騒音を立てながら真っ黒い大きな虫みたいな化け物を踏み潰し、飛び散る墨汁に似た体液を避けてわたしはそうぼやいた。風になびくネイビーのコートの裾をつかまえて、気怠い呼吸を吐き出す。地面に落っこちていた自分の獲物であるところの細く長い鎚をひろいあげ、くるくる回して袖口に仕舞う。
「おつかれさまです、先輩」
そう言って、すこしはなれたところに立っていた後輩が得意の薄ぼんやりした笑顔をうかべた。相変わらず、人の記憶に残りにくい曖昧模糊とした笑顔である。彼は生まれもったかわいいふわふわの短いブロンドと青眼、白い肌以外は全身真っ黒でしゅっとしたかんじのおしゃれさんだ。胸元にさげた十字架が、きらりとひかっている。
「…うん。きみもね、レジー」
かわいい後輩の前、いつまでも文句ばかり垂れ流している場合ではない。わたしはゆっくり背筋を伸ばして、後輩くんことレジーに歩み寄った。気の済むまで高い踵のブーツを履くわたしよりも、彼は背が高い。出会ったころはわたしよりもずっとちいさなしょうねんだったというのに、何とも、まあ。
「時の流れとは残酷なものだねえ」
「…何ですか?」
「なんでもないさ」
口にほうり込む前の飴玉の輝きに似た光をやどす彼のふたつ目から目を逸らして、地面に散らばる化け物の無惨な死骸をぎゅっと踏み潰した。
2015.11.23 夢を見るのは自由
「あのね、わたし、きみみたいになれるきがしたんだよ」
わたしはきみのことがだいすきだ。タクトを振る指先、困ったように笑う顔、どうしようもなくなってあふれてくる涙をこらえてしかめっつらのようになる表情。そうだきみはかみさまのようにうつくしくて、だからわたしはきみのようになれたらと、日夜そんな夢物語に妄想を垂れ流していたのだ。
「届くようなきがしたの。一瞬だけだけど、わたしのこの脚で勢いよくジャンプすれば届くかもしれないって、だってみえたんだよ、かみさまみたいにきらきらしたひかりが」
わたしの目の前にチャンスが転がってきたんだとおもった。きみみたいになれる、きみみたいに輝けるチャンスが。だからつい走り出した。わき目も振らずに人混みから抜け出して、そのひかりだけを追い求めて、走った。駆けた。アスファルトをスニーカーで蹴飛ばして、鞄なんてそのあたりに放り投げて、一心不乱に。
「そうしたらね、あともうすこしってところでわたしは吹っ飛ばされちゃったんだ。横からなにか…おっきくてつめたいなにかがぶつかってきて、わたしは目を瞑ってしまったの。そしたら、起きたらわたしはここにいて、もうあのひかりは見えなくなっちゃってたの」
届かなかったのだ、わたしでは。頑張って走ったし、頑張って手を伸ばしたけれど、つかめなかった。きっとあれっきりだったであろうわたしへのチャンスは、たぶんもう2度とわたしのまえには降りてこない。きみみたいになれるチャンスは、きっともうこないのだ。残念だ。ああ、ほんとうに、残念!
「あのひかりに追いついてたら、わたしはきみになれたかもしれないのにね」
「………そうだね」
きみはまた困ったように、誤魔化すみたいにわらった。わたしもわらう。この病室にはわたしときみしかいなかった。ギプスを嵌めた片足を吊り下げ、頭には包帯をぐるぐる巻いたわたしは無念さに唇をとがらせた。
馬鹿なおんなのこ
2015.11.03 愛の定義
「すきってなんですか」
「世界には私とあなたしかいらない、あなたにしか私がみえなければいい、私にしかあなたがみえなければいい。だれかにわらいかけるその顔だってことばだってぜんぶ私のものだっていいたい、うまれたときからあなたと出会えていたならどれだけよかったか、あなたの過去を知る彼らが恨めしい、だからせめてあなたの未来はわたしに独り占めさせてほしい、とか、そういうあっけない嫉妬と独占欲の塊よ」
「あたたかいごはんと適度に塩辛いおみおつけのある食卓をだれかと囲めたときにふとうかんでくる気持ち」
「そのひとをすくうためなら自分なんてどうなってもいいよ、そのひとのこれからを私が見送れないのはさびしいかもしれないけど、でも、たぶんそのひとは私なんていなくてもきっと生きていけるだろうから、だから私のいのちくらい、そのひとのために捧げてもいいとおもうの」
「ひとを殺すための理由。二重の意味で」
2015.11.03 ICECREAM
鞠桐白雪の場合
「はいみなさまこんにちわんわん、きゅーとですぺしゃるな《雛翼》・鞠桐白雪ちゃんでーす!!すきなアイスはクーリッシュのチョコレートです!おいしいよねあれ!ていうかチョコがおいしい!本日はふとアイスが猛烈にたべたくなったわたしが《雛翼》みんなのすきなアイスをリサーチしつつ買い物にいこうとおもいます!それでは!」
迷継ノアの場合
「迷継ちゃん迷継ちゃん、アイス買ってくるけどなにがいい?」
「アイスの実」
「わお!なつかしいやつをチョイスするね!そこのスーパーにあるかなあ」
「美味しいじゃないか、あれ。いろんな味あるし、しゃりしゃりしてるし」
「うんそうだねえ。たまにたべたくなるよねーさいきんたべてないなあ」
「まあべつにそれがいちばんすきなわけじゃあないのだけどね」
「そうなの?」
「そうだよ。今日はそういう気分なだけさ」
「ふうん?迷継ちゃんはテンション上げ下げやばいもんね。それとおんなじようなもんかな」
浅科灯夜の場合
「おっとそこ行くのは何を隠そう隠さずとも浅科ちゃんではありませんか!アイス買いに行くけどたべたいやつとかあるー?」
「…あんたが行ってくれるんですか?」
「うんそーだよ」
「ハーゲンダッツ」
「」
「ハーゲンダッツ」
「…。一応きくけど、おかねは?」
「あんたが行ってくれるって言ったんじゃないですか」
「…ぷう。浅科ちゃんはやっぱり意地悪だなあ。いいもんせんせいにおかねもらうから!ばいびー!」
「えっちょっ、まちなさい!せんせいに迷惑かける気ですか!ねえ!止まれ脳みそすっからかん娘!」
玄鳥傘璃の場合
「…。白雪。そんなに走って、どうかしたの」
「おおう傘璃ちゃーん。おそろしい鬼においかけられているのさわたし」
「鬼」
「うん。ああそうだ、傘璃ちゃんアイスなにがすき?かってくるよ!」
「アイス。買ってきてくれるの?」
「うわあ傘璃ちゃんの目がかがやいてる!いいよーみんなのぶんせんせいに払ってもらうよ!」
「ガリガリ君のソーダ」
「迷い無いね!いいね!りょうかいだよ!」
「…を、5本」
「うわあ相変わらずのぶらっくほーる胃袋だあ!」
ナデシコ・ハクリシカの場合
「あ。白雪ちゃん」
「あっナコちゃ、ん!!その手にもっているのはマフィンですか!」
「うん。さっき焼いたの。たべる?」
「たべる!いっただっきまあす!…はむはむもぐもぐごっくん、はっ、これは…ブルーベリーですね!」
「そう、ブルーベリー」
「うひゃあ!ごちそうさまでした!ところでナコちゃんはなんのアイスがすきー?」
「うん?アイス?…雪見大福かな。もちもちしているじゃない。おいしいよ」
「おーナコちゃんっぽいですねりょーかあい!買ってくるね!」
「へ?買ってくる?あ、ちょ」
橙ノ谷萌黄の場合
「そこのオレンジ頭の美少女ちゃーん!!!ヒュー!こっちむいてー!!」
「…うるさいよ白雪。なに?なんか用?…って遠。なんでそんな離れた所にいんの」
「時間短縮っす!!あのさー!せんせいどこにいんのかしらなーい?」
「せんせい?たぶん自室にいるとおもうけど」
「まじかせんきゅーう!ところで萌黄ちゃんなんのアイスがすきっすかー!!!」
「は?なに唐突に」
「買ってきてあげるからー!!」
「ええ…?あーっと…スーパーカップのバニラ…」
「萌黄ちゃんってそういうのすきだよね!じゃっ!」
「そういうのってなに」
笹葉心の場合
「失礼しまあす!せんせー!」
「おや白雪。どうかしたのかい?」
「あのねあのねっ、みんなのぶんアイス買ってくるけどせんせいはなんのやつがいーい?」
「アイスか。さいきんたべていないね…そうだな、あのバニラアイスにチョコレートがかかったやつがいいな。棒のついたやつ」
「うん?うーん、パルムー?」
「ああきっとそれだろう。じゃあこれをあげるから、買ってきてくれ。お釣りはすきなものにつかうといい」
「うおお…たぶんここはせんせー太っ腹あ!とか叫ぶとこなんだろうけどわたしにはせんせいがおばあちゃんにみえたよ!わたし孫?」
「…私はそんなに年増じゃないんだよ?こう見えてもね」
「あわわそういうつもりじゃあないの!あーうーわわたし買ってくる!ばいばい!」
「はいはい。気をつけて」
せんせいはべつにおばあちゃんじゃあない
(2017-07-26 加筆修正)
2015.10.11 もしものだれか
「わたしってここにいるべきにんげんだったかしら」
ちゃぷりと海水に足を浸し、ゆるゆるとのろく水をかき混ぜる。惰性での行為に意味は無い。水に触れるだけでからだはおもたくなって本能的に怠くなるけれど、いまはそれがちょうどよい気がした。となりで武装を磨いていた彼はその太い首を巡らせて、怪訝そうな顔をわたしに向けた。わたしは曖昧に微笑んだ。目線は合わせず、ただ水面にうつる自分だけをみつめて。
「わたしはここにいるべきにんげんじゃあないのかもしれないわ」
遠くからリーダーの元気の良い声が聞こえた。彼がわたしの手をとったのは偶然だ。彼がわたしに巡り会ったのも偶然。それよりずっと前、わたしがあのおそろしい怪物から逃げることができたのも、偶然。そうだもしわたしがあの怪物に捕らえられていたのなら、わたしはここにはいなかった。もしかしたら他にたいせつなひとができたかもしれない。もしかしたらそのあたりで野垂れ死んでいたかもしれない。それはわからないけど、確かにわたしはここにはいなかっただろう。
「だってそうでしょう」
彼の黒目と目を合わせる。むっつりと口を結んだままの彼の手は止まっていた。そうだ、彼はいつだって大事な時にしかわたしに口を開かない。彼は聡明なのだ。わたしとちがって。
「…冗談よ」
指先を水につけて、垂れた雫を目で追う。ああわたしはほんとうはどこにいたのだろう。わたしはほんとうはどこにむかうはずだったのだろう。偶然と必然の割合が違っていたら、わたしはここにはいなかったかもしれないでしょう。ここからいなくなりたいわけじゃない、でも、それならわたしの運命のひとははたしてどこにいるのだろう。もしかしたら隣にいる彼がそうなのかもしれないが、わたしにはそうはおもえない。リーダーだってちがう。ああならどこにいるの、あなたはわたしを待っていてくれるだろうか。
わたしは運命に生かされて、ここにいる。
2015.06.14 貪欲
その横顔をみて、
ああ、すきだなあ、と、おもった。
たぶんあなたは死ぬまで気がつかない。わたしがあなたにむける視線、夜目を閉じるまえに感じる下腹部の痛み、ちくりと胸を刺す理解したくない感情。そのとなりにたっていたいなあとはおもうけれど、独占したい、のとはすこしだけちがう。わたしはあなたにこちらをゆるりとみてほしいだけ、そうたまにでいいからみてほしいだけなのだ。わたしの視線にきづいて首をかしげてもいい、疑問符をさいごにひきつれた声を発したっていい、なんでもいいの、だからこちらをみてよ。
特に理由もなくなまえを呼ぶ。ふりむいた彼にうすく笑う。なんでもないの、そう言えば、きみはそればかりだねと笑われた。わたしもそれに笑いかえして、胸に満ちる満足感にほうとため息をついた。けれどもこの満足感もすぐにうしなわれるのだ。わたしは貪欲だからすぐに胸は空くし、すぐに息が詰まる。そのたびにあなたを意味もなく呼んで、息をつくことでそれに耐える。ゆっくりと跳ねる心臓はとまらないね、だからわたしはあなたの目をのぞき込んで、焦げるみたいにいたくなる胸をみないふりしてあなたにわらうから、わたしをわすれないで、約束よ。
2015.06.09 双方向の隣人
言わずがもがな、わたしはあのにんげんがすきではない。
ことばを吐き出すたびに細めるふたつの目とか、やたらと長い両の手足とか、そのととのった顔を見上げるたんびにこのひとと相容れることはたぶんないのだろうなと勘づくのだ。まあべつに仲良しこよしする気なんてこれっぽっちもないのだけど。
例えばそう、彼がもうすこしだけ人間味に欠けていればわたしはここまで彼に嫌悪感を抱くことはなかったのかもしれないし、彼がわたしなんぞに興味の片鱗も覗かせなければわたしはこんなに彼のことを考えて不満げに目つきをとがらせて、あのひとに苦笑いされたりなんてしなかったのかもしれない。そのあたりはもうなるようになれと諦めてはいるものの、左右されるのはわたしの感情だけなのだ、そんなことを考えてしまう脳みそに非難を浴びせることはできないのでわたしは潔く嘆息することで文句を飲みこんでいる。それはともかくとして。
とりあえず、わたしはあのにんげんが、すきではない。
「おまえはもうすこしあいつにやさしくしてもいいとおもうけどな」
「冗談はやめてくださいね」
わたしが一刀両断すると彼はまた見慣れた苦笑いをうかべた。それでも彼がわたしを見るときにひとみに宿すあたたかい色をみるに、あながち冗談でもないのだろう。そこまでわたしとあのひとの仲は険悪に見えるのだろうか?否、たぶんわたしの敵意が一方通行しているだけか。彼の後ろで鎮座するブラインドの隙間からオレンジ色の光がうすい帯のようになって彼に降り注いでいる。彼もかわらないな、とおもった。わたしたちがまだちっさなからだを持て余して身のうちにあまるひかりに身を焦がしていたあの日々からもう何年たったのだろうか、そんなことをかんがえると年をとったきがしてくるから嫌だ。
「それでもおまえ、昔とくらべてずいぶん丸くなっただろ」
「そんなつもりは、ないですけど」
まるくなった。まるくなった?わたしが?
首をかしげると、彼はおもしろそうにわらった。
彼の部屋をでて歩きながら、わたしはその真意を考えた。わたし。あのころのわたし、はどんな顔をしてそこに在ったのか、ずいぶん昔のことのように感じられるからか、うまく思い出せない。それでもいまとおんなじに、あのひとに対しては頑固な姿勢を取り続けていたような気がする。…こうしてかんがえてみれば、ほんとうにわたしはあのひとに背を向けてばかりなのだろうとおもう。すきではない。でも、きらいなわけでもないのだ。
「 」
わたしの名を呼ぶ声がうしろからきこえた。噂をすればってやつだろう、ふりむけば極彩色の両目と目が合う。わたしはしばらく考えて、彼にふさわしいことばを投げかけることにきめた。
2015.06.08 夜はお決まりの自己嫌悪
ただ胸に燻る嫌悪感があった。わたしが醜いのはいまはじめて知ったことではない、けれどこうして幸福のなかにいる現状からそれを思い出すと、やりきれなさが勝るのだ。罪悪感。ほんとうは、こんなにも汚いわたしは、ここにいてはいけないのだ。ただみんながやさしいからここにいれているだけで。きりきりと下腹部が傷んだ。ぎしりとベットの軋む音に過去であり記憶である先ほどの夢を思い出して、唇を噛んだ。ぎゅうとにぎりしめた指先はきっとしろく染まっている。自己嫌悪が募ってやまなかった。知らぬうちに目尻に涙が溜まって落ちた。ずきりずきりと痛むお腹を抱えて、ちいさくうめいた。嫌だ。思い出させないで。わたしはもうそこにはいない。だから過去から手を伸ばさないで。わたしはもうそんなところにとどまっているわけにはいかないのに。嫌だ。いっそしんでしまえたら、いいのに。
(…吐きそう)
吐き気にえずいて、涙をぼろぼろと零すわたしは背後からずっとこちらを見つめている過去という名の影から目をそらし続けていた。
mekuru