罪人は飛べるか
出会った当初、彼女に対する私の印象はとくに変哲もないふつうのおんなのこ、といったものだった。ただ彼女はいつも、なににたいしてだろう───怒っているような、肩肘を張っているような、そんな雰囲気をまとっていた。それは心なしか吊り上がった目もとと、すたすたと歩くその速さからなんとなく受け取ったものであり、あの日まで私が彼女とことばを交わしたことはなかった。ただ、お互いに同じ教室内に存在するだけのクラスメイトのひとりでしかなかった。
その関係が変わっていったきっかけを、私は鮮明に覚えている。
あの日から、私たちはともに肩を並べ談笑する、仲の良い友人となった。私はそう思っていたし、おそらくは彼女だってそう思っていたはずだ。夕焼け色の帰路をなんでもない会話をしながら歩き、休日にはショッピングにもでかけた。
彼女のつくる料理は、すべてなぜかみためも味もとんちんかんなゲテモノではあったけれど、それでも彼女が頬を真っ赤にして鬼気迫る表情で私の反応を見逃すまいとしていたものだから、私はなんだか気の毒なような、それでいて微笑ましい気持ちになりいつだって「美味しいよ」と返していたものだ。その答えをきくたび彼女は目元からぶわわと朱色になり、可愛い顔で照れながら安心したようにほうと息をついていた。同じく仲の良かった友人枠の残りはそろいもそろってそんな私たちのやりとりを初めこそ信じられないものをみるような目でもって眺めていたが、しばらくしたら見慣れたらしく、眼差しはあきれたものへと変わっていた。
私が彼女のことを思い返すたび、浮かんでくるのはそんな日常のやりとりだ。そこに異物はなく、そこに不可解なものはない。なのにどうして、彼女はああも泣きそうな顔をしていたのだろう。どうして私に触れもせず、裏切られたような顔であんな言葉を吐いたのだろう。私にはわからなかった。それが私の罪だった。否、きっと───今この瞬間もつづいている、私の業なのだ。
「───ぎ、……萌黄?」
自らの名を呼ぶ声に目を覚ました。
は、と目を見開いて、自分がデスクに突っ伏して眠りについていたことを自覚する。あわてて上半身を持ち上げきょろきょろと周りを見回すと、そこは【雛翼】本部の巨大図書館、その三階にある作業スペースであった。大きな四角いテーブルの向かい側には灯夜が立っていて、何冊か本を抱えた彼女は眉をひそめて私を見ている。長い三つ編みが床に向かって垂れて、結び目の飾りが光を反射していた。
「……寝てたんですか?」
「ああ、えっと……。そうかも。ごめん」
「……全く。生活習慣くらい自分で管理できるでしょう。居眠りだなんて困りますよ」
「……灯夜は意外とやさしいよね」
「はあ!?」
「あはは」
私の戯言に眉を吊り上げた灯夜に笑い、すぐそばに置いてあったマグカップの中身をあおって私はふうと息をつく。あまり、いいとはいえない夢をみた気がした。内容は覚えてないけれど、なんだろう───配慮なく自分のやわらかいところを素手でつかまれるような、そんな夢をみた気がする。
「……そういやサツキって誰です?」
「……え?」
「なんか寝言で言ってましたよ貴女。知り合いじゃないんですか」
「………」
灯夜が私に投げかけた問に、私は自分がなんの夢をみていたのかを察した。ああ私は今も変わらず、変わることなく、彼女に暴かれた自身の罪を抱えて生きているのだと───それを久々に、痛いほど思い知る。
几帳皐月。過去の私の大事な友人。今の私にとっては、過去の人間。
私はあの物語を脇役として終えた時から、彼女への贖罪のためだけに生きていた。