理想は埋没する
ひどく醜い相手の顔をぼうっとみる。眼球が熱を帯びていそうなほどに揺れている。私が憎いのだろう。凡人がいくら天才を憎んだところで、その遥か遠い『選ばれたものの世界』にたどり着けるわけがないのに。
「……ッどうして、」
掠れた声が頭上から降りそそぐ。
酸欠によってだろうか、そろそろ視界の端がぼやけてきた。こんなふうに冷静にこの現状を傍観できるのもあと少しだろう。私の首を絞めるこの汚らしい指をどける気力はない。私の脳は確かに一級品だけれども、私の肉体には自身に覆いかぶさった相手の身体を押しのけるちからはない。ため息を吐きたくなったが、できないので代わりに目を凝らして相手の表情を観察することにする。
(……あーあ)
さきほどから認識していたとおり、その表情はほんとうに醜かった。見るに堪えない。けれど私もしばらくすればそうなるのだろう。鬱血し、口の端から涎が垂れたその姿はきっと醜いだろうけれど、私にはどうすることもできないのだ。
正直がっかりだった。私はもっと綺麗に死にたかった。死んで初めてにんげんは完成するはずだったのに、それがこれじゃあ、報われない。私は自分が認めた存在に殺されたかった。ああ、ほんとうに。
考えたら胃がむかむかして、すごく不愉快である。私はこんな奴に殺されるのか。くだらない終幕だ。不格好で不細工。至極つまらない。視界がぐるぐる渦を巻く。
せめて足掻くふりでもしようかと、しぶとい自分のいのちに少々驚愕しながらよろりと指先を相手の胸ぐらに寄せる。見開かれる目、私はにやりとゆるく唇をゆがませて、吐き捨てた。
「くたばれ凡人」
今度こそその手が私のいのちを握りつぶす。ブラックアウトした視界にさらばを告げる。私はただ思考を摩滅させて、閉じた瞼にうかぶ青色にきづかない。