遺言はきこえない

(私には戦う事しか出来ない/私には拳を握る事しか出来ない/私には物を壊す事しか出来ない/私には誰かの願いを潰す事しか出来ない/私には誰かの命を奪う事しか出来ない)


(私には誰かを護る事が出来ない/私には手を差し延べる事が出来ない/私には物を創る事が出来ない/私には何かを願う事が出来ない/私には誰かに希望を抱かす事が出来ない)


………………………。






 私は他の皆と違って最初の世界の記憶が薄い。其れは如何やら私が一度死んだ後、暫く世界の欠片として其の辺をふらふらしていたから、らしい。
 尤も、私は其の事を良く憶えていない。けれど、たった一つだけ、脳裏に刻まれた記憶が在った。

 其れは兄が死んだ時の事だった。

 自分の目的が高い壁に阻まれもう達成する事は無理だと確信した其の時、彼は自分のこめかみをちっぽけな拳銃で撃ち抜き死亡した。
 何をしているのか理解できなかった、否、理解しようとしなかった私の目の前で、その頭に拳銃を押し当て引き金を引いて、小さなけれど確実に人を殺める銃弾を脳味噌で破裂させて、真っ赤な血飛沫を上げて、死んだ。ぴしゃりと私の顔面にまで血が飛んで、目に流れ落ちた血液のせいで視界が赤く染まった。力を失った其の細長い躯はがくんと糸が切れた様に崩れ落ちて、人形の様に四肢を投げ出して動かなくなった。
 其処には現実味がこれっぽっちも存在しなかった。是は夢なんじゃ無かろうか、惚けた脳味噌はそんな事を曖昧に考えて、けれど同時に、何処かで私は理解していた。私の兄は死んだのだと。己の願望が果たされないであろう事を知って死んだのだと。
 涙は出なかった。涙のように血を滴らせ乍も、私は泣かなかった。ただ耳の奥できんきんと反響する銃声の名残と、兄の手の中で未だに硝煙を立ち上らせる拳銃を見つめて、只其処に立っていた。
 当時は普段着だった真っ赤な着物がずしんと重たくなった様な感覚に囚われて、けれど思考はやたらと冷めて、覚めて、醒めて、足もふらつかない、なのに確かに自分の一部は何処か遠くに失くして仕舞った様な、そんな不安定な感覚に陥って、私は一言だけ───ぽつん、と彼の亡骸に呟いた。
 其れは祈りの言葉だったのか、呪いの言葉だったのか、若しくは他の何かだったのか───其れはもう語られない昔話。




 血が滴る。骨が砕ける。肉が断たれる。
 いのちが、消える。
 私は戦場が好きではない。好きな人もまあそうそう居ないとは思うけれど、兎も角私は戦場が好きではない。此処に居ると、自分が本当に戦うことしかできない人間だと証明されて仕舞う様だから。私はまた腕を持ち上げて誰かのいのちを抉りとる。罪悪感はとうの昔に失くして仕舞った。私の中にはもう諦めと虚しさと、其れでも尚浮かび上がる高揚しか残っていない。

 全てが終わって、其れでも私は此処に立っている。血の雨が降っている。誰かの絶望の匂いがする。誰かの無念の味がした。沢山の死骸の山からずるずると降りて、出口へと歩き出す。
 此処はとある街の隅に在る廃工場。私が今居る世界の中では悪者とされるグループの本拠地で、私は今居る自分の組織の為に此処を壊滅させた。私は所謂鉄砲玉なのだ。私の頑丈さを知ってか、何時しか組織の偉い人が私にこういう指示を出すようになった。
 まあ───今の私の上に居るお偉いさんは、これでも優しい方だと思う。この世界よりも幾つか前に訪れた世界では、私の事を人でなしの様に扱うひとが居たものだから。

(……私には関係ない)

 結局どちらでも同じ事だ。結局最終的に見てみれば、私はこうして戦闘の為に使われる。私自身は誰かを殴れても其の戦術を立てる方はからきしなので、こうして誰かの下につく方が余程楽だ。此の生き方は、実を言うと余り好きではないのだけれど、それはもうどうでもいい話だろう。どちらにせよ関係はない。私が人を殺めるのには変わりない。

 返り血に塗れた躯を見下ろして、意味もなく首を傾げる。あのころはまるで戦闘服だった着物はもうその意味がないので着ているはずもなかった。

(……嗚呼そうだ、)

 ねえ、お兄さん。貴方は私の前で其の命を絶つ時、私に何て云って欲しかったんですか。
 如何して、と首を傾げて欲しかったんですか。驚きに目を見開いて欲しかったんですか。呆れた眼差しで其処に立っていて欲しかったんですか。止めようと手を伸ばして欲しかったんですか。それとも哀しんで欲しかったの、怒って欲しかったの、笑って欲しかったの。
 貴方が死ぬその前までどんな言葉を交わしていたのかさえ思い出せない私には、兄が何を私に望んだかなんて絶対に解らないだろう。
 空を見上げる。
 そこに在ったのは、いっそのこと泣いてしまおうかと思えるくらいに清々しい青空。