やわらかな藍
わたしはほんとうに駄目人間だね。
彼女はそう言って、笑った。その後ろに広がるちかちかとまぶしいくらいの青空とあいまって、ひどく嘘くさい風景だ、なんておもって、嘆息。
「……それはなにについて言ってるの」
それはその手首に絡みついた病的に白い布切れのことを言っているんだろうか。それとも彼らがいないと生きていけない自分のことか。それとも、さきほどつぶやいた「溺死っていいよね」とかいういまさら気にも留めないようなせりふのことか。
あきれた視線をやる僕とは裏腹に、彼女はその華奢な体躯を揺らして心底面白そうに静かに笑い声をあげる。
「ぜんぶだよ、ぜんぶ。今更だけどさ、わたしってほんと、へんなひと」
「自分で言うのはあれだとおもう」
とりあうことなく淡々とかえす。この子はほんとうに馬鹿なんだろうか。その能天気な笑顔とおおきな瞳は、今日も浮世を追い求めて彷徨っている。
「あいかわらずつれないなあ、迷継ちゃんは」
くすくす笑う白雪を見るのをやめて、手にした携帯に目を落とす。本日もまた見飽きた晴天。空に居座る太陽は、この屋上にも容赦なく光をそそぐ。
白雪は答えない僕をどうおもったのかわからないが、給水タンクの裏から立ち上がり、スカートの裾をひらひらさせながら手すりに掴まって下を覗き込む。その目にはなにが見えているのだろうか。彼女の目は、いつも彼らしか映していないことは周知の事実だ。彼女が『のーくん』『あっくん』と呼ぶ、自分が生きているただひとつの理由である彼ら。白雪にとって、唯一の鎖。
鞠桐白雪は、死に魅せられているのだ。
だから彼女の姿はこんなにも儚くみえて、目を離せばすぐ壊れてしまうんじゃないかと心配になる。その性質ゆえに、彼女のまわりにはひとが集まるのだろう。けれど僕に言わせれば、それはしあわせでもなんでもない。
「迷継ちゃん、紫陽花が枯れてる」
しろい指が、朽ちて茶色くなった花の残骸を指さした。その朱い目はどこまでも透明で、だから穢れを知らない。うつくしくてきれいな死を迎えるために。きっと彼女は、あの紫陽花のように無様な散り方はしないのだろう。凄惨で艶やかに、彼女は死ぬのだ。
「……迷継ちゃーん」
つまらなくなったのか、白雪は僕を覗きこみ、目をまたたかせた。
「ねえ、教室に戻ろうよ」
「……ここに来ようと言ったのは君なのに」
勝手なひとだ。そんな愚痴めいたなにかは吐息にまぎれて去り、僕は文句を言うことなくゆるりと立ち上がった。ほらほら、とステップをふみながら扉へ歩いていく彼女を追う。しろい手が掴んで引いたドアを先にくぐり、階段をいくつか降りたところで振り向く。白雪はドアノブを掴んだまま屋上のフェンスをしばらくながめていた。その横顔はそう、透明な死に、見惚れているような。
「……まだ駄目、だよ」
「……?」
彼女がつぶやいたなにかを、僕の貧弱な耳は捉えきれなかったようで、思わず首をかしげた。聞き返すまえに、彼女はいつもどおりに笑顔になって、
「かえろ、迷継ちゃん」
「……うん。白雪」
のーくんさぼって怒ってるかなあ、なんて、いいながらドアノブを手放し階段を駆け下りて行く白雪と、それを追う僕のうしろで、
がちゃん
扉が、閉まった。